関口 紘一 text by Koichi Sekiguchi
※写真をクリックすると拡大写真がご覧になれます。
> > >

●NBAバレエ団の「ニュー ダンス ホライゾン」公演

 NBAバレエ団がコンテンポラリー・ダンスのシリーズをリニューアルして、「ニュー ダンス ホライズン」と題した公演を始めた。第1回目は、音楽と舞踊の関係を考える、という発想のもとにプログラムを構成している。

 プログラム1は、『KULTUS(カルタス)』。執行伸宜の振付である。契り、去りし者へ、永久への祈り、に分けられた「KULTUS=祭儀」をテーマにしたダンス。まず、踊り、という考えに基づいて、動きの流れから生まれるリズムを尊重したダンス、ということである。確かに、構成された動きの自律性が印象に残り、どちらかといえば、無言の演劇をみているかのような心持ちになった。

「ダンスシンフォニー」第2楽章

 プログラム2は、ニューヨーク・シティ・バレエからアレキサンドラ・アンサネッリとニラス・マーティンスを招いて、ストラヴィンスキー/バランシンの『アポロ』からパ・ド・ドゥ。グルック/バランシンの『シャコンヌ』。2001年にNBAバレエ団が復元した、ベートーヴェンの交響曲第4番にロプホフが振付けた『ダンスシンフォニー 第2楽章』。20世紀のロシアから生れたプロットレス・バレエとシンフォニック・バレエ。そして、安達哲治がルーシエの曲を使って振付けた『プレイ バッハ』は、田熊弓子とボリショイ・バレエ学校出身のサボチェンコが踊った。

 プログラム3は、レナート衛藤の和太鼓演奏に安達哲治が振付けた『IMPULSE(インパルス)』。希薄化する現代の身体感覚を、和太鼓の演奏と共振させて、あらたな感覚を体現させようとするコラボレーションであった。今日、こうした舞踊を特化したシンフォニック・バレエあるいは、絶対舞踊といったものをコアにおいたプログラムを構成することは、集客などの面からも困難があると思われる。しかし、さまざまの工夫を凝らしつつ継続していってもらいたい試みのひとつである。
(11月29日、めぐろパーシモンホール)

 
●白井剛のソロ公演は新作の『質量、slide、&』


 伊藤キム+輝く未来のダンサーとして踊った後、発条トの振付家としても活動している白井剛が、新作『質量、slide、&』を世田谷パブリックシアターのSept独舞シリーズで発表した。
 自身の存在の感覚を質量といった視点から確認しよう、という舞踊家らしいといったらいいのか、実感的なのか抽象的な感覚を偏重しているのか、いずれにせよ、きわめて率直な作品創作の姿勢である。終演後に行われた、伊藤キムとのアフタートークでは、制作のプロセスで、これは<ひきこもり>じゃないか、といったジョークもでたと白井自身が告白していたが、こうした創作の姿勢をとるのかとらざるを得なかったかは知らないが、彼の気持自体はよく理解できる。

 舞台に登場して、まず、卒倒したかのように思い切り倒れる。これは上手いツカミで、身体の質量の実体を観客に意識させることに成功していた。舞台には、大木を抽象化したような形の木の壁、垂らされた皮ひも、椅子とミニコンポ、金魚の入った水槽などのあるコーナー、さらにボーリングの玉、キューピー人形、コーヒーカップなど、要するに日常生活の小物がオブジェとして使われていた。こうしたセットの中で、大木にぶつかったり、皮ひもに振る下がったり、頭を秤に載せて測ったり、といった動きをダンスとして繰り広げる。終盤には、角砂糖に紅茶を垂らして溶けて形が崩れゾル状になっていく過程の映像を速回しや逆回転で見せた。

 アフタートークで本人が解説していたが、ほんとうは舞台上に本物の木を出したかった。それは、幼い頃に神社の木に向かって叩いたり、ぶつかったりしたその反動の感覚を想ったから。重量だけではなく質量の中に存在感を感じ、物と一緒にあるだけでずれて動き出していく、そのスライドの感覚がダンスとなっていくのではないか、そういう話であった。

 キムは白井作品の感想を司会に問われても<かっこいい>としか言わなかったのだが、それはもちろん観客全体の感想であるから、重ねて聞かれると、「ちょっと仕掛けが多かったような気がする。この作品では意識して自分の身体を動かそうとしているが、もう少し身体から滲みでるものが欲しい」と語った。一見、平凡な評のようであるが、誠に言い得て妙、さすがというべきである。
 05年には、土方巽と大野一雄が踊った三島由紀夫の『禁色(きんじき)』をキムと白井が上演するという予告を聞き、白井剛のかっこよさとキムのダンス感への共感を胸に、劇場を後にした。
(11月26日、シアタートラム)

●佐藤桂子・山崎泰スペイン舞踊団公演『薔薇の話をしよう』


 佐藤桂子・山崎泰スペイン舞踊団のアヴァンギャルドシリーズ『薔薇の話をしよう』を観た。次々と速いテンポの場面転換で、薔薇の花に託して人生の断章を描いていくダンス・ドラマである。「人の命は一瞬のごとし。一輪の薔薇の花に封印された 血の赤い花は 愛と贖罪によって あおく、かぐわしく変容する‥‥」と。
 父の浮気による家族の危機から、母とある男の愛と姉妹の葛藤、愛人の苦悩と贖罪といったテーマが、フラメンコ、バレエ、オペラ、ジャズなどの様々のジャンルの音楽を使って構成している。薔薇の深い色が生きた演出であった。ラストシーンでは、父を持つことができなかった母と姉妹の三人がブランコに乗り、聖水と戯れた後に天に昇っていった。
 非常に内容が多く、複雑な演出をスムーズに展開しているのには感心した。ただ、それぞれのシーンがやや短くシュールな表現も駆使しているのいで、もっと踊りを味わう時間が欲しかった、という気もした。総監督は佐藤桂子、台本・演出が山崎泰、振付は山崎泰、杉本光代、池本佳代。
(12月2日、メルパルクホール)

 

 

Copyright チャコット株式会社 All Rights Reserved.  
当サイトに掲載されている情報の無断転載、無断掲載、無断引用 はお断り致します。