関口 紘一 text by Koichi Sekiguchi
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はやくも今年最後のDance Cube、第24号となりました。月刊更新ですから、ちょうど2年間続けたことになります。ご愛読ありがとうございます。今後もますます気を引き締めて編集していこう、と思っておりますが、気づかない点も多々あるかもしれません。どうぞ、率直なご感想をお寄せください。

●ついに開幕した熊川哲也の『ドン・キホーテ』

『ドン・キホーテ』は他のクラシック・バレエの名作と比べて、溌剌とした男性ダンサーが輝いてこそ魅力を発揮する舞台である。
 熊川哲也は東京で特別開催されたローザンヌ国際バレエ・コンクールでグランプリを受賞し、ロイヤル・バレエでプリンシパル・ダンサーに昇格したが、そのメモリアルな時に踊ったのも『ドン・キホーテ』。その後、クラシック・バレエの名作の改訂振付を次々に手掛けてきた熊川は、『ドン・キホーテ』の新制作には、心中、期するものがあったと思われる。いつもの演出・再振付に加えて、舞台美術と衣裳も自身の手で創っていることからもそれは推測できる。

 装置は、プロローグ、町の広場、ジプシーの野営地、ドン・キホーテの夢、酒場の場面が作られた。質的な実在感のあるオーソドックスなセットで、極端にデフォルメされたデザインはない。まず、プロローグの建物がスペインを感じさせる。町の広場の背景に配された水道橋は、人々の交流のランドマークのようだし、月明りの下に置かれたジプシーたちの幌馬車や、遠近、重なり合って建つ風車も絵の具を何重にも塗り込んだ絵画を想わせる美しい情景であった。衣裳は、マタドールの思い切った色つかい、お色直しもあったガマーシュの衣裳の軟派な派手さ、花売り娘の可憐さなどが華麗に花を添えた。

 第1幕は快調な速いテンポで物語がすすみ、一気に踊りに溢れたシーンが展開する。康村和恵、長田佳世の花売り娘がのびのびと踊って作品に奥行を与える。幕切れで、キトリとバジルが荷物を持って駆け落ちする様が観客に分かるように描かれている。そのため、虫の音から始まる第2幕の冒頭、若い二人が愛し合っている佇まいがうまく出ていた。細かい演出工夫が意外に大きな効果をあげた。弾けるような男性のジプシー・ダンスがこの幕を一段と盛り上げる。

 にわかに妖しい風が吹き風車が回りだすと、プロローグにあったドン・キホーテの妄想癖も動き始める。バジルが必死に止めるのも聞かず見事風車に突っ込んで気を失ったドン・キホーテは、幻想の中に、理想のレディ、ドルシネアとキトリが登場して、ますますコンフュージョンした。これは女性への強い憧憬をもつ男性が一度は陥る混乱なのかもしれない。
 第3幕の酒場のシーンでは、スチュアート・キャシディのエスパーダ率いる闘牛士たちと、荒井祐子のキトリ、熊川バジルの競い合うような踊り。とりわけ熊川のソロは圧巻。目に止まらぬスピードだった。このスピード感溢れる大回転があってこそ、作品全体のテンポの速さがいっそうの効果をあげる舞台となるのである。

 さらにこの『ドン・キホーテ』では、ガマーシュ、ロレンツォ、ドン・キホーテ、サンチョ・パンサのキャラクター脇役陣が見事に機能していたことが印象的だった。ガマーシュの完成度の高い演技が光ったのはもとより、サンチョ・パンサのなかなかリズム感のある動きが舞台を盛り上げた。この作品は、ややもすればサイドストーリーと本題がアッチコッチしがちだが、熊川演出は整理が行き届いていて、主人公の若い二人の恋を、4人の脇役がしっかりともり立てていた。
 康村のキトリとキャシディのバジルも観せてもらった。キャシディの安定した踊りと演技、康村の軽さと柔らかさが際立ち、リフトも高く見栄えのする舞台だった。もう一組は、長田佳世のキトリと芳賀望のバジルで、ここでは熊川がエスパーダを踊るという貴重な舞台。長田はもともと実力のあるバレリーナで表現力もある。芳賀もスタイルがよく勢いのある踊りだった。ただ、初めてパートナーを組んだのだろうか。もう少し踊り込んで全幕物を踊りきるパートナー・シップを完成させる必要があるようにも見えた。



(11月17日、19日、20日、オーチャ−ドホール)
 
●アシュトン・バレエの醍醐味、牧阿佐美バレエ『リーズの結婚』


 牧阿佐美バレエ団がフレデリック・アシュトン版の『リーズの結婚〜ラ・フィーユ・マル・ガルデ〜』を上演した。
『ラ・フィーユ・マル・ガルテ』は、1789年フランスのボルドーのグラン・テアトルでドーベルヴァルにより初演されたが、その完全な楽譜は失われてしまった。その後パリ・オペラ座で上演された際には、エロールが編曲した。また、ベルリン上演にあたってヘルテルが別の楽曲を作った。さらにロシアに渡って踊り継がれマリインスキー劇場のレパートリーとなった。バレエ・リュスを経てロンドンで暮したタマラ・カルサヴィナの薦めもあって、アシュトンが1960年に新たなヴァージョンの『リーズの結婚』を初演した。音楽はエロールの楽譜をベースとしてヘルテルのものも加え、ランチベリーが編曲にあった‥‥といったアシュトン版の成立の事情は、この牧バレエのプログラムにすべて書かれている。歴史を尊重しよく整えられたプログラムである。

 幕が開くとおんどりとめんどりたちのユーモラスな踊り。どんな展開になるか既に知っていても、のどかな田園の情景にストレスが癒されるのだろうか、舞台へ気持が入って行く。おんどり、めんどりの形態模写が上手、というわけではない、とりの存在のもつ独特のおもしろさを踊りとマイムによって見事に表しているので、思わず引き込まれてしまう。この作品は「普通の人々が描かれた初めてのバレエ」と言われるが、その端緒は、田園で愛嬌を振りまくおんどり、めんどりを活写することだったのかもしれない。というわけで、3公演通して若いおんどりを踊った小嶋直也とめんどりたちにまずは喝采を贈りたい。

 今回はトリプル・キャストだったが、私は、橘るみのリーズ、逸見智彦のコーラス、ドミニク・ウォルシュのアランで観ることができた。
 橘は以前よりもさらにほっそりとした印象だった。相変わらず舞台度胸がいいのか、力みがなくそつのない安定した踊りである。スムーズな踊りのいい流れをもっているが、まだ少し表現が押さえ気味のような気もする。もっと思い切った表現をしてもいいと思うのだがどうだろうか。逸見も魅力的な踊り、ハンサムだし良い舞台だった。敢えていえば、もう少し抜け目のなさを強調してもよかったかもしれない。保坂アントン慶のシモーヌが意欲的に大柄の身体で演じた。会場から「可愛い!」と声がかかる好演だった。

 クラシック・バレエはどちらかというと、貴族趣味や神秘的な世界に目を奪われがちだが、のどかな田園を背景としたごく普通の感情を謳うこうした作品もまた、楽しく味わうことができるのである。
(10月30日、青山劇場)
 
●小林紀子バレエ・シアターのディーン版『ジゼル』


 小林紀子バレエ・シアターが30周年の記念公演で初演したデレク・ディーン版の『ジゼル』を再演した。初演でも踊った島添亮子がジゼルを踊った。
 ディーンは演出に工夫を凝らしている。例えば、ジゼルがアルブレヒトの裏切りが間違いのないものになって狂乱に陥る第1幕の終盤には、妖気を漂わす鳥の影を飛ばせたり、稲妻とともに白いベールを冠った精霊がさっと背景を横切るなど、魂魄の舞う第2幕ヘ向けて雰囲気を盛り上げる。さらに第2幕は、ジゼルの墓に詣でる母ベルタとヒラリオンの姿を見せて幕を開ける。これもまた、現実から幻想へと到るための配慮であろう。マイムも意味を表す点に意が用いられていて、演劇的味わいを舞台全体に与えている。反面、音楽劇としてのニュアンスがいささか弱まってしまうのは否めないところかもしれないが。

 さて、島添凉子のジゼルはいっそうほっそりしたかのようで、優雅に純潔の美を踊った。とりわけアームスが美しく、巣立ったばかりの白鳥が舞っているかのようなたおやかなにごりのない動きであった。精霊となった島添ジゼルも愛を訴え、ミルタに許しを乞う場面などに気持がこもっていたし、アラベスクも美しかった。その中でも敢えて言わせてもらうとすれば、自身を裏切った男を許しなお救済の手を差し伸べるジゼルは、マリアのような母性の優しい美しさが現れなければならない。ラストの踊り疲れて倒れたアルブレヒトの手をとって胸に抱くあたりに、そうした表現をもう少し強調してもらいたかった。ロバート・テューズリーのアルブレヒトも洗練された落ち着いた踊りであった。
(11月21日、ゆうぽうと簡易保険ホール)
 

 

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