関口 紘一 text by Koichi Sekiguchi

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H・アール・カオスの最新作『人口楽園』

 大島早紀子が演出・振付け、白河直子が主演した新作『人口楽園』は、さまざまに管理され、次第に存在感を失いつつある今日の身体の有り様を描いた舞台である。メディアからは情報が氾濫し、ゲームや映画の中ではヴァーチャルな感覚やイメージが錯綜し、ドラッグが歪んだ幻影を過剰生産する。高度な医療によって生かされ、実体から懸け離れた身体は、文明の残虐の中に曝されている。

 大島はこうした身体の現実を、手術台や点滴装置などの小道具と鮮烈なイメージによって描く。そして、現代の「生の実感」とは何か。人口楽園の中で覚醒した身体のリアリティを獲得することは可能なのか、といった問題を切実な実感をもって舞台の上に提出している。今回もまた、白河の見事な踊りが圧巻だった。

  現在、H・アール・カオスはロシア・ツァー中で、モスクワのヴァフタンゴフ劇場の初日は、3階席まで満員、補助席・立ち見もでる盛況で大成功だった、そうだ。この後、サンクトペテルブルク、ヘルシンキ、ワルシャワとツァーが続く。

写真3枚とも:H・アール・カオス『人口楽園』


山田うんの独舞『テンテコマイ』、岩渕多喜子の『Against Newton II』


  山田うんの独舞『テンテコマイ』を観た。初見だが、なかなか魅力的な舞台だった。子供の頃、身体が弱く病気も経験し、健康を願ってダンスを始めたそうだ。そうした身体の弱いことを意識したダンサーであり、作品もそこにから発想されているように思えた。赤ん坊のおしゃぶりのようなものをくわえ、ヒューヒューと吹きながら踊る。ヒュッ、ヒュー、ヒュと吹き方のよっては、幼児語の言葉を発しているかのようだ。踊っている時は、どこかちょっとスネたような表情を浮かんでいて、それがまた、不思議に魅力的であった。パフォーマンス終了後には、武術家の甲野善紀とのアフター・トークがあり、危機に瀕している現代の「身体」について鋭い指摘があった。 (1月31日、シアタートラム)

  岩渕多喜子の『Against Newton ・』も初見である。四角のフレームをつけただけの素の舞台で女二人、男一人のダンサーが密度の濃いダンスを見せた。始まりは、男性ダンサーはずっと逆立していて、二人の女性的な振り。波の音とともに、死体のように身体の自由を失った女性一人をめぐる踊り。自在に動ける身体は、意外に自由を失った身体を棄却することができない。つぎは、一人の女性ダンサーの指揮するようなアクションに対する、二人の動き。最後は、三人で床に倒れ落ちる動きのヴァリエーションのくり返しで、ほとんどの動きが床の10cmくらい上の空間で行われていた。「一度投げ出された物体は放物線を描きながら落下する」というニュートンの法則を、人生になぞらえ、加速度ゼロへ向かって落下(死)する瞬間に、生きようとする人間のひとつの姿を見い出す。岩渕は、そこにダンスの運動の実体をみようとしているそうだ。 (2月15日、新国立劇場小劇場)
 
  山田は個人的にこだわりながら身体性を追究しており、岩渕は身体自体の中に潜む法則を追究している。対照的な出発点から、ともに今日の身体性の一面を浮かび上がらせることに成功している、私にはそう見えた。

『テンテコマイ』

『Against Newton II』

 

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