渡辺真弓 text by Mayumi Watanabe
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●新エトワール、デルフィーヌ・ムッサンに聞く

 前号既報の通り、5月3日ガルニエで『シンデレラ』に主演したデルフィーヌ・ムッサンがエトワールに任命された。骨折した右手にギブス、お腹には赤ちゃんという異例のコンディションの中で踊り抜いた舞台だった。

 5月のある昼下がり、新エトワール、ムッサンはスクーターに乗って、ガルニエの裏にある楽屋口にさっそうと現れた。

 昔から変わらないほっそりとした優雅なシルエット、頭にボンネットをかぶったムッサンは、『真夏の夜の夢』の中の当たり役、タイターニアといった雰囲気。オデット=オディール、キトリ、ニキヤ、シンデレラ、マノン…と次々に大作の主役を踊るたびに、ファンたちは今夜こそエトワールに…と胸をときめかせて、その日を待っていた。2月のウィルフリード・ロモリに続いて、プルミエールでありながらエトワールに匹敵する活躍をしてきたムッサンが昇格したことは、新体制のオペラ座の方針として注目される。

 二重の幸福の中にいるムッサンに心境を聞いた。

ディルフィーヌ・ムッサン

----エトワール昇進、おめでとうございます。任命された瞬間、どんな気持ちでしたか?

ムッサン:感無量でした。全く予期していませんでしたし。私はこの10年来、エトワールの役を踊ってきました。いつも舞踊監督のルフェーヴルやメートル・ド・バレエのパトリス・バールから、大きな役につけてもらっていましたが、自分にこう言い聞かせて踊ってきました。称号はなくても、舞台ではエトワールなのだと。
 今回は手を骨折してしまったし、子供もできて、この後当分踊れないことが分かっていただけに、どうしても踊りたかったのです。終演後、監督のモルティエとルフェーヴルが舞台に現れて、自分が任命されるなんて、全く予想もしないことでした。
 何より、以前のユーグ・ガルの時代と違って、観客の前で発表されたことが素晴らしいことだと思います。いつも見に来て、応援してくれる方たちへのプレゼントになりました。とても感動的で、人生で忘れ得ない瞬間でした。
 エトワールの称号は、長年オペラ座で、エトワールの役を踊ってきた実績が認められたものだと受け止めています。ご存知のように、普通エトワールはもっと若いうちに任命されるものですが、私の場合は時間がかかりました。途中で挫折する人がいるように、私もくじけた時期がありました。でも、いつかその日がやってくると信じて、手を怪我しても踊り続けました。情熱の力でしょうか。



ムッサン
<ラ・バヤデール>ニキヤ
----『シンデレラ』は、まず4月28日にも踊ることになっていましたが、当日配役が変更になっていました。いつ怪我されたのですか。

ムッサン:その前日です。リハーサル中に、滑った時、手を骨折してしまったのです。


----シンデレラの役は、2000年にヤン・ブリダールをパートナーに踊って以来、今回で3回目になりますが、いかがでしたか。

ムッサン:とても素晴らしい経験でした。5年前と同じく練習は、(かつてのエトワールの)クロード・ド・ヴュルピアンに見てもらいました。5年ぶりの再演というのはちょっと間が空きすぎる感じで、理想的には2年ぐらいがいいかしら。初めのパートナー(エルヴェ・モロー)が怪我をした後、カール・パケットに替わったり、今回はいろいろ変更しなければならないことがありました。彼は、素晴らしいパートナーです。実は、彼にしか、子供ができていたことを知らせていなかったのです。ルフェーヴルには、任命のあった翌日伝えましたが喜んでくれました。

----ヌレエフ版が初演された1986年には、何の役で出演しましたか?

ムッサン:当時は、シルヴィ・ギエムなどが主役で、私が踊ったのはコール・ド・バレエのワルツや春のパートでした。
 カドリーユからコリフェ、スジェ、と階級を上っていって、すでにスジェの時からプルミエール・ダンスーズやエトワールの役を踊ってきました。大変な時期でしたが、コール・ド・バレエにいて、多くのことを学んだのです。


----オペラ座のほとんどすべてのレパートリーを踊られたことと思いますが、一番心に残る作品は何でしょう。

ムッサン:一つを挙げるのは難しいですが、大変素晴らしい思い出となっているのは、ルグリと踊った『マノン』(2003年)です。マノンという役は、女性の人生のすべての過程を経験したような人物像を描いていて、女性にとって特別な役なのですが、私はすべてが好きです。見事な舞踊ドラマといえるでしょう。
 ルグリとは、私の初めての『白鳥の湖』(1997年)もそうでしたが、一緒に踊りたいと言われ、『ドン・キホーテ』や『イン・ザ・ナイト』『カプリッチョ』などで数多く共演しています。『ドン・キホーテ』といえば、あの時(98年の5月)も、お腹に子供がいました。
 現代作品では、キリアンの『甘い嘘』(2001年)が私にとって重要な出会いとなった作品です。


----復帰後の来シーズンは、何を踊る予定ですか。

ムッサン:6月のノイマイヤー振付『椿姫』です。彼の作品は、これまでも『マニフィカト』や『真夏の夜の夢』『ヴァスラフ』『シルヴィア』などたくさん踊っています。


----息子さんのポール君についてお伺いします。時々劇場でお見かけするのですが、ダンスは好きなのですか。

ムッサン:息子は今6歳です。ダンスの公演を見るのは好きなのですが、レッスンはしていません。サッカーの方が好きそうです。
 私の生活はまず家庭で、次にダンスです。ですから踊りだけに人生を捧げたいとは思いません。


----初めて来日されたのは、確か89年の<アルカ・ダンス>ではありませんでしたか。リオネル・ドラノエとともに、オペラ座の若きホープとして注目されていたのを覚えています。

ムッサン:公演をご覧になっていたのですか! 日本へはこれまでオペラ座のほかに、ルグリと仲間たちやレニングラード国立バレエ団などと一緒にたびたび行っていますが、特にレニングラード国立バレエ団と全幕もので共演できたのがうれしいです。日本には、私の弟も住んでいて、彼も日本がとても気に入っているのです。
 来年2月、ガラ公演で、また日本に行けるのを楽しみにしています。パケットと『シンデレラ』のパ・ド・ドゥを踊る予定で、これが復帰後最初の舞台となりそうです。

ムッサン
<ラ・バヤデール>
ガムザッティ
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