渡辺真弓 text by Mayumi Watanabe
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●パリ・オペラ座 プレルジョカージュの新作『メディアの夢』

 前号でお知らせしたように、オペラ座バレエ団の<プレルジョカージュ・プロ>が、11月5日から21日まで、14回にわたってガルニエで上演され、さまざまな反響を呼んだ。
 まず新作『メディアの夢(LE SONGE DE MEDEE=ル・ソンジュ・ドゥ・メデ)』世界初演。この作品が成果を挙げたとしたら、それは、プレルジョカージュ振付の『公園』や『カサノヴァ』にも言えるように、個性的なソリストたちの魅力によるところが大きいと言えるだろう。総じて、作品は必ずしも好きとは言えないけれど、ダンサーが素晴らしいので、何回も通ってしまった、というファンが少なくなかったようだ。とりわけ、タイトルロールのメディアを演じたマリ=アニエス・ジローは、コンテンポラリー作品に対する鋭敏な感覚を最大限に発揮し、洗練された現代のメディア像を創造することに成功した。黒の裾を引く衣裳をまとっても、それを取り払っても、長身のシルエットが舞台映えし、堂々たるエトワールの風格を感じさせた。
 ジローと並んで大評判を呼んだのが、ローラン・イレールのイアソンであった。ジローとの組み合わせが一度もなかったのは残念だったが、舞台に現れるだけで、その場の空気をがらりと変えてしまうような魔力があり、作品のテンションがどれほど上がったことだろう。彼の最初の出演日の8日は誕生日で、公演最終日の21日は、恐らく現役エトワールとしての最後の舞台になったのだろうか、いずれも記念すべき日に当たり、精悍で気迫のみなぎった舞台は、観客の心に深い感銘を与えた。なお、イレールの功績に対して、公演から数日後に、レジオン・ドヌール勲章のシュヴァリエ章が贈られている。

 さて、『メディアの夢』全体の構成は、次の通りである。戯れる二人の子供、メディアと子供たち、メディアとイアソンのパ・ド・ドゥ、イアソンと恋人グラウケのパ・ド・ドゥ、メディアとイアソンとグラウケの愛憎のパ・ド・トロワ、メディアの復讐という六つの場面。5人の登場人物の関係は、分かりやすく、プレルジョカージュは、人物同士の絡みにダイナミックなリフティングなどを取り入れ、多様性を持たせつつ、なかなかスリリングな舞踊シーンを作り上げている。委嘱されたマウロ・ランザの音響は、繊細で控え目だが、登場人物の心理や葛藤を、ストイックな音の流れの中で、時折りパーカッションやピアノの響きで、強いアクセントをつけたもの。メディアとイアソンの張り詰めたクールなデュエットから、イアソンと恋人グラウケのなまめかしいパ・ド・ドゥ、緊迫したパ・ド・トロワ、劇的なメディアの復讐に至るまで、それぞれの特徴が音響的にもよく出ている。
 舞台装置は、太い枝を張り出した大木と、夥しい数のブリキのバケツというシンプルなものだが、それぞれ作品のキー・オブジェとして効果的に使われている。例えば、バケツは、子供が無邪気に遊ぶおもちゃであると同時に、最後の子殺しの場面では、真っ赤な絵の具(=血)で、舞台を血に染める凶器ともなる。
 この作品は、もし、最後にメディアが子どもたちを殺す場面で、故意に血を見せるような演出がとられなければ、それほどスキャンダルにはならなかっただろう。プレルジョカージュは、オペラ座の観客を、あっと言わせたかったのだろうが、これにはやり過ぎという声が強い。

 初日の舞台では、激しさを秘めたメディアのジローに、イアソンのウィルフリード・ロモリががっちりと拮抗する存在感を示し、恋人のエレオノラ・アッバニャートも子猫のように狡猾で、踊りも瑞々しい。アッバニャート、こうした役では、自然で自信に満ちた演技ができるようだ。
 三日目から配役が交替し、アニエス・ルテステュ、ローラン・イレール、アリス・ルナヴァンの組み合わせ。踊り手が替わると、作品の印象も全く変わってしまうのが、面白い。最初の組が、演劇的な緊張度が高かったとすれば、こちらは、踊りの燃焼度の高さで、別の振付を見ているような興奮を覚えた。ルテステュは、メディアの役としては、雰囲気が優しく、ジローの鬼気迫るようなメディアを見てしまった後では、役作りの上では、ニュートラルで線が細い印象は免れないが、イレールとのデュエットになると、ロマンティックな官能性が生まれ、その変貌ぶりが話題となった。対照的に、イアソンと恋人グラウケとのデュエットは、怪しく危険な雰囲気で、けがで降板したイザベル・シアラヴォラに替わって抜てきされた、カドリーユのルナヴァンが好演した。
 この作品は、初日のキャスティングでビデオ化されたので、近いうちに日本のファンの方たちにもご覧いただけることだろう。

 併演の『MC 14/22《CECI EST MON CORPS》(マルコによる福音書第14章22節 「これは私の体」)』は、おおむね不評であった。音響テッド・ザーマルで、2001年プレルジョカ−ジュのカンパニ−で初演されたものだが、わざわざオペラ座のレパートリーに入れるべきほどの作品ではなかった。

 ジル・イゾアール、ステファン・ファヴォラン、ステファン・ブリヨンなど12人の男性舞踊手(一人は、プレルジョカージュの元からの客演)の精鋭たちが選ばれたものの、ダンサー一人一人の個性を求める作品ではないので、オブジェとしての身体を提示する単なる実験に留まってしまった。55分の間、ダンサーたちは、互いの身体を痛めつけ、苦悩する。世界各地で繰り広げられる戦争や犯罪、暴力など現在私たちを取り巻く社会状況と重なるものがあるが、観客の多くは、劇場に行ってまで、そうした痛ましい光景を見たいとは思わないのではないか。
 

 

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