インタビュー&レポート

レポート: 最新の記事

レポート: 月別アーカイブ

関口 紘一
[2010.03.25]

貴重なチェケッティのクラスを復元
Les NUits Blanches de Saint-Petersbourg

30.jpg

35.jpg

チェケッティのクラスを教えるジュリー・クロンシャー

82.jpgプレオブラジェンスカヤのクラスを教えるジョエル・マゼェト

18.jpgレクチャーをするジャン=ギヨーム・バール

65.jpg

エマニュエル・ティボー(中央)も姿を見せた

クラシック・バレエの芸術は、その美しさからダンサーの訓練法まで、人類共通の遺産である。今日では私たちすべてが、過去の人々が培い完成させたクラシック・バレエの芸術を享受することができる。ところが最近、そのクラシック・バレエの芸術が崩壊しつつある、という声が時折、聞こえてくる。
クラシック・バレエの表現やダンサーの訓練法は、非常に優れており汎用性があるために、コンテンポラリー・ダンスなど異なった身体表現を基盤とするダンスにも部分的に利用されることが多い。そうした一種の解体作業は、過去の人々の芸術的表現に敬意をもってなされているのか、疑問に思わざるを得ないケースにもしばしば出会う。
過去を温(たず)ねようとしない「新しい」表現が、クラシック・バレエの精緻な<生態系>に何らかの影響を与えているかどうかは、簡単に説明することはできない。けれども「新しい芸術と過去の芸術」といった単純な楽観的区別を信じないとすれば、やはり「温故知新」こそが、アーティストにとって一番誠実な態度ではないのだろうか。

オーガスト・ヴェストリス・ソサイアティというフランスのバレエの研究組織が、"Nuits Blanches de Saint Petersbourg"という催しで、エンリコ・チェケッティのクラスを復元する、という話を伝聞し、パリまで出掛けた。会場は、メトロのオテル・ド・ラ・ヴィルにほど近いマレ地区の一角にある集合スタジオ。バレエを始めブレイク・ダンスや民族舞踊、シアター・ダンスなどあらゆるダンスのクラスが、あちらこちらのスタジオで行われており、その「べートーヴェン」と名付けられた一室。私は、遠方より訪ねてきたということで、エマニュエル・ティボーに席まで案内してもらう、という光栄に浴した。

まず、パリ・オペラ座バレエ学校などでキャラクター・ダンスを教えていたことのあるナデジダ・ルジーヌの挨拶。続いてパリ・オペラ座のエトワールとして、正確なテクニックによる端正な踊りで知られ、07-08シーズンで引退したジャン=ギヨーム・バールが登場し、チェケッティについてのレクチャーを行った。
ジャン=ギヨーム・バールは、エトワール時代の後半はあまり恵まれていたとは言えないが、クラシック・バレエに関してはたいへん研究熱心で、チェケッティのメソッドについて関心を以前から寄せていた、という。

チェケッティは1850年、ローマに生まれた。1879年からサンクトペテルブルクのマリインスキー劇場のバレエ団でキャラクター・ダンサーとして活躍。プティパの下で『眠れる森の美女』の青い鳥などを踊った。1890年からはメートル・ド・バレエとなり、ロシア、フランス、イタリアなど各流派を編成した指導法を確立し、選抜クラスを作った。エゴロワ、ワガノワ、ニジンスキー、あるいはアンナ・パヴロワなど錚々たるダンサーが生徒にいる。後にロンドンに移って、バレエ・スクールを開設し、ニネット・ド・ヴァロワやアシュトンなどを教え、英国スタイルの源となった。

そしてこのチェケッティのクラスの復元を担当する、ジュリー・クロンシャーが生徒ともに登場し、バーがセットされた。
クロンシャーはロイヤル・バレエ学校時代からチェケッティのコースを学び、サンフランシスコ・バレエなどで踊った後、チェケッティのティーチングクラスの資格を持って指導者として活躍している。
クロンシャーによると、チェケッティは1921年より自身の指導法を記録し始めた。チェケッティのレッスン・プログラムは、曜日毎に内容が決められ、それに基づいた全体の構成が決められていた。たとえば、月曜日はソー、火曜日はジュテ、と言うふうだった。クロンシャーは、ニューヨークのパブリック・ライブラリーに保管されているチェケッティの指導法を記載したノートによって研究し、クラスを復元した。

指導法の特徴をランダムに挙げると、身体の持つ本来の機能を充分に配慮して、解剖学的、生理的に理にかなったエクササイズを行うこと。上半身から脚へと訓練をすすめて行くこと。バー・レッスンは単純で速く繰り返す。センターは常に軸の意識をもって行うこと。頭は首から動かすのではなく、頭だけを自由に動かす。プリエはバラエティに富んでいて、深く柔らかいプリエや素早く移動し高く飛ぶための浅いプリエなどがあった。エポールマンは飾りではなく、動きを導く重要なもので、いつも楽に自由に動かせるようにリラックスさせる。ポワントワークは複雑で、トウシューズの中で指は常に自由に動かせる状態にしておくこと。足首から先の動きがより表情を豊かにする。
チェケッティが教えていた当時のレッスン場は狭く、大きな移動を使ったテクニックは少なかったそうだ。しかし、ステップは非常に細かく気が配られていて、速さを変えるなどのアクセントが工夫されていてじつに魅力的だった。木の床がダンサーの負担を軽減していたこともその一因かも知れない。
また5番ポジションについても絶対に重ね合わせなければいけない、とは言わず、重心が正確に感じられていればいい、という考え方だったと言う。
そして最後には、レオニード・マシーンが撮影したというチェケッティのレッスンの映像が放映された。

翌日は、オリガ・プレオブレジェンスカヤの生徒だったジョエル・マゼェトがクラスを行った。
プレオブレジェンスカヤは、フィジカルな点を重視したチェケッティの指導法を、メンタルな面から発展させたもので表現的優れている。レッスンでは鏡を使用することを禁じ、自然に動くこと、内面を大切にした指導を行ったということだった。

イベントの終了後、このイベントを主体となって開催したキャリーン・キャンターさんのお宅のディナーに招かれた。キャンターさんはこのプログラムの編成しただけあって、じつにインテリジェンスのある女性だった。クラシック・バレエについてたいへん有意義お話を聞くことができ、たいへん満足だった。
また、今回の取材にあたっては、名古屋の伊勢順バレエ団のお嬢さんの今井美樹さんにご協力いただいた。今井美樹さんは、フランスのバレエ教師の国家資格を取得され、ブーローニュのコンセルバトワールでバレエを教えている、バリバリの現役教師である。パリでキャサチーン・キャンターさんや今井美樹さんと知己を得たことは、今回の取材のもうひとつの大きな収穫だった。

今後の予定は、3月28日マチルダ・クシェシンスカヤ、5月29日マリーナ・セミョーノワ、5月30日リューボフィ・エゴロワ、6月26日ヴェラ・ヴォルコワとなっている。