荒部 好

『ウミヒコヤマヒコマイヒコ』

 MTこと田中泯。山田洋次監督の『たそがれ清兵衛』で、日本アカデミー最優秀助演男優賞を受賞した舞踏家にして、俳優である。
そのMTの、インドネシアの島々を踊ってめぐる6つの旅を描いた、ダンス・ロードムービーがロードショー公開される。
旅人・ダンス・ナレーションは、MTである。
島々をめぐる6つの旅とは、
ヤマヒコ「山と田んぼの旅」(スラウエシ島)。ミチヒコ「道の旅」(スンバ島、ジャワ島、マドゥラ島)。ムラヒコ「村と家の旅」(スンバ島)。ウミヒコ「海と水の旅」(カンゲアン諸島)。カオス「牛と芸能の混沌の旅」(マドゥラ島)。マイヒコ「踊りの旅」(バリ島)である。
「『立ち尽くすだけ、座っているだけ、道をふらふらするだけ、踊りになるかどうかわからない』そう言いながら道を踊る、水牛と踊る、大樹と踊る、渓流と踊る、海上で踊る、死者と踊る、離別を踊る……約32回踊った。道や家や村に突然踊り入っても、一度も止められなかった。いつの間にか子供や老若男女が集まってくる。トラック、バスが止まり、犬やニワトリがくる。風も雨も潮騒もくる。3000年の眠りから覚めた子供のように、おもかげを追いかけてくる。何かがひたひたとくる」
といった様子がそのままフィルムに収められ、人間も犬も水牛も馬もニワトリも死者も森も海も石も空もみんな一緒に生き、一緒に存在している、そんなアジアの魂のふる里みたいな世界。命が自然に循環しているから時間が、地球と一緒にぐるぐるぐる回っている。その回っている命の軌跡と同調する動き、それがここでは「踊り」と呼ばれる、儀式あるいは形式、そんなようなことだろうか。
 ここでは精密であってはならない。すべてアバウトでなければ世界が存立しないのである。
 だからMTは言っている。
「私は踊っている気なんですが、そう見えないかもしれません」と。
 監督は、映画プロデュ-ス、広告ディレクション、写真家などで国際的に活躍している油谷勝海。鮮やかな色彩とゆったりとした映像感覚で撮られた、インドネシアの潮騒が感じられるような映画である。