関口紘一

『ダンサー、セルゲイ・ポルーニン 世界一優雅な野獣』

英国ロイヤル・バレエ史上最年少でプリンシパル・ダンサーとなったセルゲイ・ポルーニンが、その2年半後の2012年1月24日、突如、退団を表明した。翌25日朝にはBBCが早速、ニュースを流し、瞬く間に世界中に衝撃波が広まった。
将来を大いに嘱望されていたダンサー、セルゲイ・ボルーニンに何が起こったのか、彼のストーリーを描いた映画『ダンサー、セルゲイ・ポルーニン 世界一優雅な野獣』が、7月に公開される。

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身体中にコイルが張り巡らされているかのような全身の強烈なバネ、目にもとまらぬスピードに乗ったスピン、生き物のように自在に動く長い手足、ポルーニンが踊るとそれらが彼の内面をうったえかける強い想いを激しく放射する。そしてこの『ダンサー、セルゲイ・ポルーニン 世界一優雅な野獣』の中の映像は、13歳から15歳のころのものだと知らされて、さらに驚いた。英国ロイヤル・バレエに入団後二年でソリストになり、その頃は既にプリンパルの役を練習していたというから、ポルーニンがカンパニーを背負って立つダンサーとして期待されていたことがよくわかる。史上最年少でプリンシパルに昇格したのも当然のことだったのだ。

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セルゲイ・ポルーニンはウクライナの出身。かつてはニジンスキーやリファール、近年ではマラーホフ、サラファーノフ、マトヴィエンコ、ロパートキナ、ザハロワなど舞踊史上に名を残す名ダンサーを輩出した国だ。
ポルーニンは幼い頃から貧しかったが、母の厳しい躾に耐え、バレエ修行一筋に邁進。父や祖母が海外に出稼ぎに行って経済的にサポートした。彼は故国の家族みんなと一緒に幸せに暮らすことを夢見て、辛苦に耐えて努力してきた。しかし、そのありあまる才能と英国のバレエ界での自身の存在が、すみやかに調和することはなかった。ポルーニンは次第に薬物の力を借り、生まれながらの膚にタトゥーを施し、充足した存在感を得ようと試みた。しかし、両親が離婚したことを知り失望する。そして「突如!」、と世界中の人たちが感じた、英国ロイヤル・バレエ団の最高位のダンサーの退団のニュースが世界を駆け巡ることになった。

傷心のポルーニンは故国に帰る。そして、当時、ロシア国立モスクワ音楽劇場バレエ団の芸術監督だったイーゴリ・ゼレンスキーと出会う。ポルーニンは父のようにゼレンスキーを慕い、再び舞台への情熱を取り戻し、ロシア国立モスクワ音楽劇場バレエのプリンシパルとして踊る。2014年にはロシア・バレエの優れたダンサーに贈られる「黄金のマスク」賞も受賞した。
『ダンサー、セルゲイ・ポルーニン 世界一優雅な野獣』では、こうして一人の天賦の才能に恵まれたダンサーの哀しみと再生のストーリーが描かれていく。

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何よりもまず、ポルーニンの今にもスクリーンを跳び出してきそうなダンス映像が素晴らしい。舞台映像では『ジゼル』『ラ・バヤデール』『ディアナとアクティオン』なども印象的だが、『マイヤリング』のルドルフ役の絶望的な踊りと『スパルタクス』の全身全霊を尽くした踊りと最後に空しく磔にされる姿が、まさに絶品。『スパルタクス』は幕間の楽屋での、精も根も尽き果てたダンサーの孤独で残酷な姿が、リアルに捉えられていて忘れ難い。
また、アイルランドのミュージシャン、ホージアの「Take Me to Church」とともに踊った動画は、You Tubeで1000万回を超えるアクセスがあったという。デヴィッド・ラシャペルの鮮烈な写真からも明らかに感じられる、訴求力の特別に強いポルーニンのダンスならではのエピソードである。
ヌレエフの再来と称えられたポルーニンは、今はダンサーを支援する組織「プロジェクト・ポルーニン」を立ち上げ、プロデュース公演も開催した、という。また、ヌレエフの伝記映画「The White Crow 」、ジョニー・デップ主演の『オリエント急行殺人事件』、ジェニファー・ローレンス主演『Red Sparrow』などの映画にも出演している。

_dancer_sub02_s.jpg _dancer_sub09_s.jpg © British Broadcasting Corporation and Polunin Ltd. / 2016
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『ダンサー、セルゲイ・ポルーニン 世界一優雅な野獣』
監督/スティーブン・カンター
出演/セルゲイ・ポルーニン、イーゴリ・ゼレンスキー、モニカ・メイソン
2016年 イギリス・アメリカ合作、85分 配給/アップリンク、パルコ
© British Broadcasting Corporation and Polunin Ltd. / 2016

2017年7月15日(土)よりBunkamuraル・シネマ、新宿武蔵野館ほか全国順次公開