(荒部 好)

『アンナ・カレーニナ』

原作/レフ・トルストイ 監督/ジョー・ライト

『アンナ・カレーニナ』は過去にたびたび映画化されており、グレタ・ガルボ(クラレンス・ブラウン監督)、ヴィヴィアン・リー(ジュリアン・デュヴィヴィエ監督)、ソフィー・マルソー(バーナード・ローズ監督)などの錚々たる名女優がアンナを演じている。他にもニコラ・バジェット主演、バジル・コールマン監督の英国映画、ロシア映画ではアレクサンドル・ザルヒ監督、タチアナ・サモイロワがアンナを演じ、マイヤ・プリセツカヤが女優としてベッツィ・トヴェルスカヤ侯爵夫人を演じているものもある。そして後には、プリセツカヤ振付、夫君のロディオン・シチェドリン音楽のバレエ『アンナ・カレーニナ』が生まれた。
最新作では、『パイレーツ・オブ・カリビアン/呪われた海賊たち』のエリザベス・スワン役を演じたキーラ・ナイトレイがタイトルロールのアンナ・カレーニナに扮している。カレーニン役には『シャーロック・ホームズ』のジュード・ロウ、ヴロンスキー役にアーロン・テイラー=ジョンソンというキャスティングだ。監督は『プライドと偏見』のジョー・ライト、脚本は『恋におちたシェイクスピア』でオスカーを手にしたトム・スットパードである。

ストーリー的にはほぼオーソドックスだったが、ヴロンスキーがアンナに拒否されてピストル自殺を図るシーンや、カレーニンが決闘について思案するシーンはなかったと思う。
演出は、舞台型の巨大な劇場セットを組み、偏狭な貴族の社交界を表わし、オペラ劇場のシーンはもとより、競馬場やスケートリンクもその中に作られ、貧富の格差を表わす階層構造にもなっている。人生を劇場に例えるというより、ドラマの中に生きることこそが人生、という意識でこの映画は作られているかのようだ。
冒頭の蒸気機関車の爆音が轢死人を垣間見せて、そのヒシヒシと迫り来る爆音が劇中に常に響いている。ドアを開けて人物が忽然と現れる音と冷然と拒絶するドアを閉める音、あるいは競馬場でレース中にヴロンスキーが落馬する衝撃音などが、要所要所で観客に強いインパクトを与え、やがてそれがアンナを死に追いやる悲劇の迫真力あるリズムを創る。

キーラ・ナイトレイは熱演であり、自由に生きようとする者とりわけ意識の高い女性にとって、過酷極まる不文律が支配する19世紀の貴族の社交界で、一人愛を貫くという難役を演じた。トルストイの原作小説は、そうした不文律が形成維持されている有り様を、登場人物の行動をサブキャラクターとのコントラストをまじえながら透徹した視線で厳しく描出している。映画と小説の方法の異なり、原作小説の世界をすべてそのまま映像とすることは不可能だが、映画は、今、まさに呼吸をしてそこに生きる人物をまざまざと描いて、小説とは異なった新たな感動を呼ぶ。例えば、オペラ劇場で針のむしろに座らされたアンナの絶望を、観客は皮膚感覚的な実感をもって味わうことになる。そしてアンナが次の選択肢を決める心の深奥に、深いシンパシイを感じるはずである。
ヴロンスキーのアーロン・テイラー=ジョンソンも湧き上がる愛の激情を巧みに演じ、終盤は愛する人の不信に耐え、必死に自分を見失しなうまいとする心を集中した演技で表した。
また舞踏会のシーンの振付は、シディ・ラルビ・シェルカウイが担当したという。他にもコンテンポラリー・ダンスの手法を映像的に使用しているところも見受けられ、なかなか効果的だった。
またトルストイは、この原作小説の夫人像にバレリーナをイメージした、といった趣旨の言葉を述べている、という指摘もある。あるいはトルストイは、厳しい訓練に耐えなければならないバレリーナに、アンナ・カレーニナの人物像を仮託する想いがあったのかも知れない。

1303cinema_main.jpg
1303cinema_01.jpg 1303cinema_02.jpg シディ・ラルビ・シェルカウイ振付の舞踏会のシーン

『アンナ・カレーニナ』
原作:エフ・ニコラエヴィチ・トルストイ「アンナ・カレーニナ」
監督:ジョー・ライト
出演:キーラ・ナイトレイ、ジュード・ロウ、アーロン・テイラー=ジョンソン、ケリー・マクドナルド、マシュー・マクファディン、ドーナル・グリーソン、ルース・ウィルソン、アリシア・ヴィカンダー、オリヴィア・ウィリアムズ、カーラ・デルヴィーニュ、エミリー・ワトソン
振付:シディ・ラルビ・シェルカウイ

配給:ギャガ
(C)2012 Focus Features LLC. All rights reserved.
photography by Eugenio Recuenco, Laurie Sparham

3月29日(金)よりTOHOシネマズ日劇ほか全国公開