(荒部 好)

『Pina / ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち』

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ピナ・バウシュが亡くなった、という衝撃のニュースが世界を走ったのが2009年6月30日。それまで私たちは、ピナ・バウシュというアーティストはどこかで新しいダンスを創っている、と漠然と意識しながら、その新作を観ることを楽しみに心の拠り所のひとつとして生きていた。モーリス・ベジャールやローラン・プティに対しても同様の感覚を持っていたが、彼らは高齢であり最晩年はいささかの衰えが感じられていた。それだけにピナ・バウシュの悲報がもたらした衝撃とその後の喪失感は大きかった。
あれから早くも2年と3ヶ月以上の日々が経過した。
ヴィム・ヴェンダース監督が20年以上前にピナ・バウシュとともに企画した映画『Pina / ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち』が完成し、今、映像を通してピナ・バウシュの姿とダンスに触れることができる。
 

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ヴェンダース監督は、1985年にヴェネチアでピナ・バウシュ作品と出会い親交が始まった。その後、共同で映画を作る計画が立ち上げられた。そしてヴェンダース監督がピナ・バウシュのダンスを表現する方法として、アート映画では初めての試みである3Dを採用することを決めた。
2009年には、ピナ・バウシュとヴッパタールのダンサーたちが撮影の準備を終え、2日後に撮影を開始することとなったその日、主役のピナ・バウシュは亡くなってしまった・・・。
一時は、ヴェンダース監督も完成を断念したが、ピナ・バウシュの衣鉢を継いでヴッパタール舞踊団を継続していくダンサーたちの強い要望が湧き上がった。実際、魂のすべてを交感し合いながらピナ作品を創ってきたダンサーたちが抱える喪失感の大きさは想像を超えるものがある。また、世界のピナ・バウシュのファンたちの希望も寄せられて、3D映画『PINA』が完成。彼女の死から2年後に合わせて、まず、ヨーロッパで公開された。
 

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冒頭には、「ピナに、私たち全員からの想いをこめて」という字句が現れる。簡素な言葉であることが逆に、ピナ・バウシュとともに生きたダンサーたちに深く刻まれた刻印を露に感じさせる。
ピナ・バウシュが映画のために選んだ4つの舞台『カフェ・ミュラー』『春の祭典』『フルムーン』『コンタクトホーフ』は、ヴッパタールの劇場に観客を入れて、3D撮影のために種々の技術的工夫が重ねられてライブ撮影が行われた。映画はこの映像を中心に、ダンサーたちのインタビューなどを交えながら進行していく。そして時にはカメラは劇場を離れて、モノレールの車内やモダンな現代建築のスペース、庭園や森といった自然の中で踊るダンサーたちの息遣いを捉える。1973年にヴッパタール舞踊団の芸術監督に就任して以来、ピナ・バウシュがずっと拠点としてきた街。就任当初は観客も少なく、終演前に席を立とうとする観客を出演者が引き止めた、というエピソードまで語られているピナ・バウシュの本拠地。彼女とそのダンサーたちが息づいた環境が映像を通して私たちに語り掛けてくるのだ。
4作品どれもピナ・バウシュにしか創ることのできなかった想像力が訴えかけてくる舞台だが、やはり『カフェ・ミュラー』を踊るピナ・バウシュは胸に迫ってくるものがある。あの幼い日の心と対話するピナ・バウシュの身体が、今、この世にはない、ということを信じることはできない。

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『Pina /ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち』
監督・脚本・製作/ヴィム・ヴェンダース、振付/ピナ・バウシュ、アート・ディレクター/ぺーター・パプスト、芸術コンサルタント/ドミニク・メルシー、ロベルト・シュトゥルム
提供・配給:ギャガ
原題:PINA/104分/ドイツ、フランス、イギリス映画/カラー/ヴィスタ/SRD/字幕翻訳:吉川美奈子
© 2010 NEUE ROAD MOVIES GMBH, EUROWIDE FILM PRODUCTION

2012年2月25日(土)より
ヒューマントラスト有楽町、新宿バルト9他全国順次3D公開