今年は、<走り梅雨>でした。あの忌わしいジトジトは歓迎できませんが、雨上がりには新緑がほんとうにまばゆく輝きます。季節の移り変わりに自然の、生命の強い力を感じる日々となりました。
フェリを迎えて新国立劇場でロ−ラン・プティの『こうもり』
ロ−ラン・プティの『こうもり』。妻と子どもたちとの<ふつうの生活>に少々厭きた夫が、夜な夜なこうもりの翼をつけてベッドを飛び立つ。降りたったのはシュトラウスのめくるめく音楽が奏でられ、美女たちが集うサロンの華やかな舞踏会。妻は、ちょいわる友だちの粋なアドヴァイスを受けて華麗に変身。サロンの男たちの視線を一身に集める。とりわけ、こうもりの夫がご執心になって……、といったストーリーである。
妻のベラはアレッサンドラ・フェリ。かつての少女のような身体から、少しふっくらとしてほんのりとした色香が漂う。美しい手や脚をあらわに披露しつつ、若妻と謎の美女を安定した踊りでさらりと演じ分けた。 |
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意外にもプティ作品がよく似合ったのが、夫ヨハンに扮したロバート・テューズリーである。私が観た限りで言うと今までのテューズリーは、ニューヨーク・シティ・バレエで踊っていたこともあり、どちらかといえば動きに重きを置き、登場人物のキャラクター的な把握が中途半端に感じられ、あまり印象に残る舞台は無かった。ところがヨハンのテューズリーは演技は地味だが、しっかりと人物の内面を掴まえた動きで着実に踊り、舞台に軸を通した。
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妻を愛していながら、妻とは露知らない魅力的な女性に心が昂るのをどうしても抑えられない男。恋の焔を燃やした女性が、実は妻だと知って、もはや放蕩に身をやつせなくなった愚かな男。どうにも自分自身の心の動きを明快に捉えることのできず、こうもりになった時だけ輝く男……。テューズリーは表情と身体表現とダンスを駆使して、こうしたキャラクターを見事に、ケレン味なく踊ったのである。
もう一人、今回忘れてはならないのが、友人ウルリックを踊った小島直也である。小島は、ルイジ・ボニーノの怪我により急遽、初日の舞台に立ったのだが、オープニングから小島のウルリックが登場すると、舞台から客席まで劇場全体が活気づく。小島はウルリックを『くるみ割り人形』のドロッセルマイヤーと『白鳥の湖』の道化を加えて、2で割り、さらにプティのエスプリをたっぷりと振りかけたような人物像を踊ってみせてくれた。
シュトラウスとローラ・プティ、フェリとテューズリーそして小島直也のブレンドミックスがまことに巧妙に作用した、楽しき一夜のバレエであった。
(5月19日、新国立オペラ劇場) |
K バレエのデュランテ、熊川と荒井、輪島の『ジゼル』
熊川哲也の演出・再振付によるK バレエ カンパニーの『ジゼル』の再演を、二組のキャストで観た。
まずは、ヴィヴィアナ・デュランテのジゼル、熊川哲也のアルブレヒト、スチュワート・キャシディのヒラリオンというキャスト。演出、振付などについては以前にもこの欄で書いているので、改めて触れないが、やはり第1幕の演出は見事である。
特に、熊川がロイス(アルブレヒト)を踊ると顕著に感じられることだが、冒頭のヒラリオンのジゼルへのちょっと野暮というか素朴な愛情表現の後、ロイスの実にきめ細やかないたわりと溢れんばかりの優しさ。女性の情感に寄り添うような動きが、ヒラリオンのそれと鮮やかなコントラストをみせる。
ふたりだけで踊ることの恥ずかしさのあまり家に戻ろうとする初々しいジゼルを、そっと押しとどめ気を鎮めさせるようにベンチに導く。そして、もしもできたらあなたの隣のスペースに座らせて欲しい、と乞うロイスの貴族らしいゆかしさ。こうした表現こそ、ロイヤル・バレエという優れた環境で育った熊川哲也の真骨頂というべきであろう。従者に扮したエロール・ピックフォードがロイスを踊る熊川の気持ちを、しっかりと支えるように演じていたのが目をひいた。
そして熊川ロイスの愛情表現が深ければ深いほど、細やかならば細やかなほど、優しさがまさればまさるほど、物語はのっぴきならない悲劇へと突き進んで行くのである。
デュランテのジゼルやキャシディのヒラリオンも、熊川が舞台にそそぐ情熱を映して好演していた。(5月18日、東京文化会館)
もう一組、ジゼルを初めて踊る荒井祐子とアルブレヒトで主役デビューを果す輪島拓也の舞台も観ることができた。荒井祐子は落ち着いた品の良いお姉さんジゼルで、終始、舞台をリードして盛り上げた。第1幕と第2幕のコントラストも美しく感じられ、特に第2幕でアルブレヒトを思いやる秘めた強い心が浮かび上がったのには感心させられた。
輪島のアルブレヒトも良かった。第1幕のヒラリオンの強引な合図によって、貴族たちが続々と集まってきて、バチルドと対面して絶体絶命となり、呆然と立ち尽くすシーンは、リアリスティックな迫力があった。第2幕もノーブルな雰囲気を感じさせる踊りだった。
もう一人、ペザントのパ・ド・シスで東野泰子と踊った宮尾俊太郎にも目を惹かれた。長身でハンサム、踊りも力強いものがあったので期待したい。
(5月20日、東京文化会館) |