まず、最初に思いついたのは、ロビンス振付の『牧神の午後』。鏡を見ながらリハーサルをしている男女のバレエダンサーを描いた作品だが、私はあのお互いにクロスしない視線がなんだか妙に気になっていた。あの鏡を見つめる男性ダンサーの視線は、一緒に居る女性ダンサーに無関心なことを強調し、一心に自分の心の中を覗いているように感じる。私のまったく漠然とした印象に過ぎないのだが、制作年を調べてみたら、1953年に振付けられた作品だった。この年の5月5日午後、35歳のロビンスは、ニュ−ヨーク連邦裁判所で開かれた公聴会で証言し、8人の知人を共産党員として公然と名指しした、そうだ。
もうひとつ、これもまたまったくの憶測で申し訳ないが、ロビンスはなぜバランシンの後を継承して、ニュ−ヨーク・シティ・バレエ(NYCB)の芸術監督にならなかったのか。ロビンスの両親はユダヤ系のロシアからの移住者だそうだ。ロビンスの才能はバランシンも一目置いていて、大いに認めていた。1949年には副芸術監督としてNYCBに入団したが、58年には自分のカンパニーを創って離れ、69年にまた復帰している。そしてバランシンの死後83年には、ピーター・マーティンスとともに芸術監督に就任するが、90年には辞退している。
マーティンスも優れた舞踊家には違いないが、やはり、ロビンスの才能は群を抜いている。私ですら、偉大な振付家バランシン亡き後、ロビンスが芸術監督を継承するのが自然であり、そうなればNYCBはさらに発展するに違いない、と思っていたのであるから、当然アメリカでも期待されていたのではないだろうか。しかし、ロビンスの過去の傷が、そうした晴れがましい地位で活躍することを許さなかったのかもしれない。
モンゴメリー・クリフトと恋人同士であったことにも仰天した。<陽のあたる場所>に上るために、邪魔になった恋人を殺したかもしれない恐怖に怯えながら、<陽のあたる場所>に導いてくれるはずのエリザベス・テイラーの瞳を覗き込むモンティの、なんともいわく言い難い表情は未だに忘れることができない。あの表情の背景には、かくも屈折した心情が脈打っていたとは、いったい私は何に感激していたのだろうか!
もちろん、著者はロビンスがなぜそのような人生をおくったか、おくらざるを得なかったか、をきちんと書いている。とはいえ、意外でかなりショックを受けた驚異の一冊だった。
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