●ニューヨーク・シティー・バレエによる「ダンシィズ・コンチェルタンテ」
ニューヨーク・シティー・バレエ(NYCB)のダンサーによる公演「ダンシィズ・コンチェルタンテ」はNYCBレパートリーを観ることのできる機会としてここ数年人気公演の一つです。今年はバランシン、マーティンス、ウィールドン、ミルピエの4作品がNYCBのプリンシパル、ソリスト17人によってサドラーズ・ウェルズで上演されました(10月19〜23日)。
最も深く印象に残った作品はクリストファー・ウィールドンがウェンディー・ウィーランとジョック・ソトに振付けた『リタジー
Liturgy』。神秘的なアルヴォ・ペルトの『ヴァイオリンとピアノのためのフラトレス』に振付けられたパ・ド・ドゥは、まるで水の上の滑るかのような動きの流れが印象的で、控えめでありながらも強い叙情感に満ち溢れていました。2人の調和をテーマにするパ・ド・ドゥはウィーランとソトのパートナリングの素晴らしさがすべてを物語りました。互いに溶け合うような動き、2人のムーブメント繊細さはとても心に残りました。 |
『リタジー』 |
ピエール・アンリの『扉とため息のためのヴァリエーション』に振付けられた同タイトルの作品は、バランシン作品とは想像しがたいシュールで斬新な作品。アンリの音楽は扉がきしむ音や閉まる音と人のため息で構成されていて、その音楽構成に基づき、扉を女性ダンサー(マリア・コロウスキー)、ため息を男性ダンサー(トム・ゴールド)として振付けられています。扉を演じたコロウスキーは舞台の上手・下手・センターの天井から釣り下げられている巨大な黒い幕をまとい(ロットバルトのようなイメージ)、バランシン特有のショーガール的なムーブメントを繰り返します。そのイメージは『放蕩息子』のシレーンの支配的なイメージと非常に重なりました。一方ため息を演じたゴールドは獣的に動き回り、まるで『ノートルダム・ド・パリ』のカジモドを思い起こさせます。コロウスキーの“バランシン・ボディー”とゴールドの優れた身体能力は非常に印象に残りましたが、作品的には何かすっきりせず、奇妙な印象のみが残りました。
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『扉とため息のためのヴァリエーション』 |
『ハレルヤ・ジャンクション』 |
その他、プリンシパル・ダンサーのベンジャミン・ミルピエの『サーキュラー・モーション』では、4人の男性ダンサーが高い技術を見せながらも、作品の主張をまったく見ることが出来ませんでした。ピーター・マーティンスの『ハレルヤ・ジャンクション』はバランシンの『コンチェルトバロッコ』を連想させるほど強いバランシンの影響が見られましたが、彼独自のスタイルを見出すことができません。
バランシン作品以外は2001年以降の新しい作品という今回のプログラムは非常に冒険的なもので、なぜこの4作品がプログラムされたか疑問に思います。ダンサーの水準の高さは明らかなものの、公演全体の完成度としてはどこか満足のいかない結果になってしまいました。
(10月21日、サドラーズ・ウェルズ、ロンドン)
●デボラ・ブルのバレエ・ガイド 『ザ・ファーバー・ポケット・ガイド・トゥ・バレエ』
元ロイヤル・バレエ(RB)プリンシパルのデボラ・ブルと舞踊評論家リューク・ジェニングによるバレエ・ガイド『ザ・ファーバー・ポケット・ガイド・トゥ・バレエ』が出版されました。デボラがRBで踊っている当時、観に来てくれる友人や親戚に「このバレエはどういうお話なの?」「何についてなの?」「いつ創られたの?」と質問される度に、何かいいガイドブックはないか? と思っていたことがこの本を書くことになったきっかけだそうです。
ロマンティック・バレエ、フィリッポ・タリオーニの『ラ・シルフィード』(1832)からモダン・ポストモダン、クリストファー・ウィールドンの『トリスト』(2002)まで79作品、舞踊史の教科書のように歴史順に説明されています。しかし教科書のように読んでいて眠くなってしまうようなものではなく、とても分かりやすくリズムよく説明されています。
各作品の歴史的事実・背景、物語、そして舞踊史的分析・説明は舞踊評論家のリューク・ジェニング氏が担当。この本の一番の特徴は、デボラが担当している“舞台袖からView
from the Wings”。これらの部分は、デボラがそれらの作品を踊ってきた一ダンサーとして、<その作品をどのように捕らえてきたか>、<どのように踊ってきたか>、<作品にどんな思い出があるか>などダンサーからしか捕らえることの出来ない角度で各作品についてのコメント・解説を加えています(全バレエ作品に対してではありません)。タイトル・ロール(オデットやオーロラ)としての経験だけではなく、『ジゼル』のミルタや『ロミオとジュリエット』の街の女など脇役から見た作品分析、それらの役の重要性についてなどとても興味深い解説です。『ドン・キホーテ』の解説の部分で、「…あるダンサーの急遽代役で踊ることになった日本公演でのキトリは私の中で最も満足した舞台だった…」とあり、その公演を観た時の感動がよみがえってきます。まさに舞台袖から舞台を見るような一種独特な感情・雰囲気が伝わってくるようです。
デボラはRB引退後、ROH2(ロイヤル・オペラ・ハウス小劇場:リンブリー・スタジオ劇場とクロー・スタジオ劇場)の芸術監督として活躍のほか、彼女自身の興味分野でもあるダンスの科学・医学的研究(ダンスサイエンス)にも力を入れ、『ダンサーズ・ボディー』というとても興味深いテレビ・シリーズを制作(2002年9月、BBC2にて放送)。専門的学術分野として考えられているトピックをTV放送という形で多くの人に関心を持ってもらえるように紹介しました。2003年にはBBCの一役員となり活躍しています。イギリスでもまだダンス、バレエ、オペラ・ハウス…と言うと特定の人々に親しまれているもの。彼女の積極的な活動(ROH2での公演プログラム改革やイベント企画、TV放送、書籍の出版など)によって、より多くの人々のダンスに対する関心が高まり、さらにイギリスのダンスが盛んになっていくことが期待されています。
『The Faber Pocket Guide to Ballet』
著者:デボラ・ブル&リューク・ジェニングDeborah Bull & Luke Jennings
出版社:faber and faber 出版: 2004年9月2日 ISBN: 0-571-20724-3
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