花の季節。桜が終るとたちまち、百花繚乱、つつじやハナミズキ、藤や牡丹など様々な花が咲き競って香りと色彩につつまれる季節になりました。
森下洋子の『ジゼル』
松山バレエ団の恒例のゴールデンウィーク公演は、今年、舞踊歴55年を迎える森下洋子が主演する『ジゼル』である。ひとくちに55年というが、そこにはご本人にしか知り得ない努力があるのはいうまでもないが、周辺から見ていても、広島から新幹線で東京に習いに来ていた頃のことから、修行時代、ヴァルナ国際バレエ・コンクールの金メダル受賞、フォンテーン、ヌレエフなどと国際舞台で華々しく活躍した時代、松山バレエ団のプリンシパルとして古典作品の主演を続ける今日と、まるで日本のバレエの歴史の一齣一齣を映す走馬灯である。
『ジゼル』は、森下洋子の55年の流れの中で1977年に芸術祭大賞を受賞した作品である。そうしたこともひとつ心の片隅においておくと、彼女の舞踊史の中で培われたものが静かに光を放ち、舞台の表現に自ずから姿を表しているのを感じとることができるはずである。 |
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とりわけ、第2幕のウィリーの形象は、練達の職人が練りに練って作り上げていった和紙の肌触りのような日本の美しさが輝く森下洋子独特のものであり、世界のどのようなバレリーナにも創ることはできない。それは、森下が世界の檜舞台で踊り、自身の身体や表現する力、音楽的感性など自身を隅々まで知ることができた精華というべきであろう。
松山バレエ団の清水哲太郎版の『ジゼル』は、第1幕冒頭から、ロイスが登場する由来や心理を油絵の具を何重にも塗り重ねるように描いていく。比較的シンプルな表現が多いバレエの舞台の中でも、慎重に丁寧に描いていく演出である。第1幕はそうした表現により、悲劇的情感がじわじわと高まってジゼル狂乱の場に至る。
そして第2幕ではこの油彩のタッチが、チュチュを纏った森下洋子のウィリーを、かがり火で照らされた薪能の能楽師のように、浮かび上がらせる効果を醸していた。
(5月3日、オーチャ−ドホール) |
金光郁子&バレエキャラバン『ロートレック』
1978年に結成された金光郁子とバレエキャラバンは、その翌年から休みなく公演を続けて、今回が30回目を迎えた。その公演が、それまでの舞台の演出、音楽監督を務め、金光の公私にわたるパートナーであった土屋三郎の追悼公演となってしまったのである。
選ばれた演目は3回目の上演となる『ロートレック』であった。
言わずと知れたパリ歓楽の巷、赤い風車が回るム−ラン・ルージュ。世紀末のモンマルトルを舞台に、ラ・グリュー、アヴリル、ギルベールを描いて盛名を馳せたロートレック。フレンチ・カンカンの嬌声と興奮の中で天賦の才を発揮し、パリの夜を愛し、やがてアブサンのグラスの中に溺れていった世紀の画家を、華麗な衣裳風俗と魅惑に満ちた音楽とともに描いた舞踊劇である。 |
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青井於兎(土屋三郎)の台本では、ロートレックは、パリに暮らす、かつて一世を風靡したロシアの名舞踊家エド・ローゼンスタイン夫人に魅了され、彼女を描き続ける。そして、ローゼンスタイン夫人はラヴェルの『ボレロ』による新作を発表する。ロートレックはアルコールに蝕まれつつ、ROUGE、ROSE、JQVEW、VERT、VIORET、BLEUEなどの絵の具の精が、ラヴェルのリズムの中に華やかに乱舞する舞台の幻覚を観る、という見事なエンディングである。
『滝の白糸』以来、土屋三郎とともに26年間、舞台制作に携わっているという、デザイナー、ワダ エミの衣裳が素晴らしい。ダンスと音楽とともに、衣裳が時代の華やかさを際立たせているために、天才画家の人生の哀感が深く印象に残るのである。
(4月23日、メルパルクホール)
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