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関口 紘一 text by Koichi Sekiguchi 
[2018.02.13]

20世紀の傑作バレエ『カルメン組曲』をキエフ・バレエが継承し、エレーナ・フィリピエワが踊った

キエフ・バレエ「オール・オブ・クラシック プレミアムコンサート」
第1部オーケストラ曲集、第2部オペラアリア集、第3部バレエ『カルメン組曲』アルベルト・アロンソ、アザリ・プリセツキー:振付

『カルメン組曲』は、マイヤ・プリセツカヤが主導してキューバのアルベルト・アロンソが振付け、ボリショイ・バレエで1967年に初演された。音楽は、当初シェスタコーヴィチに依頼したが、「ビゼーが怖いから」と断られたという。そしてプリセツカヤの夫のロジオン・シチェドリンがビゼーのオペラの音楽を編曲した。DVDに残されている映像を見ると音楽はコンポのような小編成で演奏されており、原曲の気だるいような甘いメロディとトロピカルなパーカッションが絶妙なトーンを醸す。どこか今日も人気のキューバン・ミュージックを想起させるところもあり、アロンソの振付もスペイン舞踊の動きを巧みに活かして、そのサウンドと同調・融合させ見事な効果を生んでいる。

tokyo1802b_0261.jpg 『カルメン組曲』エレーナ・フィリピエワ
撮影/瀬戸秀美

カルメンを踊ったのはプリセツカヤから直接教えを受けたエレーナ・フィリピエワだった。原作をかなり思い切ってストーリーもそうだが表現自体もデフォルメしている。この原作に登場するカルメンやホセ、エスカミリョ、ズニガといったヒロインやヒーローたちを真正面から描くのではなく、特徴を思い切って戯画化し、バレエのパと演技的表現を組み合わせてストーリーを展開している。プリセツカヤたちがこの作品を作った頃の旧ソ連は、バレエ表現にも厳しく干渉しており、今、見ると斬新なバレエ表現に右往左往する文化省の役人たちをカリカルチヤーしながら振付けていたのではないか、などと推測してしまう。
主要登場人物とともに女性ダンサー二人が踊る「運命」と、闘牛の牛とも見える姿で表れた「死」という二つの抽象的な存在が登場し、具体的な人物たちとともに踊る。「運命」と「死」を別の存在として描いているのである。
ホセやズニガ、カルメンは物語の展開の始めのあたりで「運命」と踊り、終盤近くではエスカミリョとカルメンは「死」と踊り、ついにはホセの殺人にいたる。物語は闘牛場を模した囲みの中で生起し、アンサンブルは闘牛場の観客のように背凭れの長いモダンデザインの椅子に掛けたり、囲いの外から覗き込んだりする「眼」として機能している。主要登場人物とこれらアンサンブルが、一体となって連携して動き、まるでひとつの有機体がうごめいているかのようなムーヴメントをみせ、一種の不気味さを表すシーンもあった。これも全体主義を構成する巨大官僚機構を暗喩のように表していると見えなくもない。闘牛場の囲みは、即ち生と死が戦いを繰り広げる場所であり、観客は人生の主題を凝縮して観ているわけである。
言うまでもないが敢えて一言附言すれば、『カルメン組曲』は、ボリショイ・バレエのプリマとしてロシアを代表するバレリーナとして、数々の輝かしい舞台を踊ってきたプリセツカヤが、ほとんどの古典名作バレエの主演を踊った後に、自身で新たなバレエを模索した結果創造された20世紀の傑作バレエのひとつであることは間違いない。『カルメン組曲』は、今日も世界のいくつかのバレエ団で時折、再演されることがあるが、その作品の価値は必ずしも正当に評価されているとは思えない。そうした中でプリマのエレーナ・フィリピエワがプリセツカヤに敬意を持ち、キエフ・バレエがこの作品を継承し、レパートリーとして上演していることは誠にこころ強い。
(2018年12月27日 東京文化会館)

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『カルメン組曲』撮影/瀬戸秀美