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関口 紘一 text by Koichi Sekiguchi 
[2018.01.10]

古典能『老松』にインスピレーションを得たダンス、酒井はな、津村禮次郎、黒田育世が踊った

セルリアンタワー能楽堂「伝統と創造シリーズ」No.9
『老松ーOIMATSU』黒田育世:演出・振付

東京・渋谷のセルリアンタワー能楽堂で毎年行われている「伝統と創造」シリーズNo.9は、能の『老松』にイスピレーションを得たダンスだった。
ダンスグループBATIKを主宰し、身体を極限まで追い詰めるコンテンポラリー・ダンスの振付家として知られる黒田育世の演出・振付。新国立劇場バレエ団の創設時からプリンシパルダンサーとして踊り、現在はコンテンポラリー・ダンスにも出演することの多い酒井はな、能楽師として新作能や他ジャンルとのコラボレーションなどの創作活動を活発に行っているの津村禮次郎、そして黒田育世自身が踊った。

tokyo1801c_0022.jpg 「老松」撮影/瀬戸秀美(すべて)

黒田は、まず、能舞台にはいつも松が描かれている、ということから能の『老松』に関心が至った。この古典能は、菅原道眞に慈しまれていた梅が九州に流された道眞を慕って飛んだ飛梅(紅梅)と、それを追った松(老松)という伝説に基づいて創られ、最後には松の精と梅の精がこの世の平安を祈って踊るというおめでたいもの。黒田はこの能から、樹齢の永い老松と紅梅が現代に甦ったら、と想定して竹や鶯も登場する「小学生の絵日記」のようなダンスを創ろうと思ったという。それは今日まで700年以上に及ぶ長い間、人々に愛され続けてきた能への率直な畏敬の気持ちを形にしたものでもある。音楽はフランツ・シューベルトの『少女と死』。黒田は創作に際して、直ぐにこの曲が浮かんだ、という。『少女と死』は病んで死を恐れる少女と永遠の安息としての死との対話である。そこには永遠と命、つまり老松と春を表す紅梅とも通底するものがあるかもしれない。

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ダンスとパントマイムと能の舞をバランス良く混交したパフォーマンスだった。松と梅、そして竹というおめでたい組み合わせが、世界の惨状をなげいたり、ピエロの赤い鼻をめぐってやりとりをするのだが、終始、おとぎ話調のタッチで展開していく。「世界をことほぐことを目指した」、と黒田は言うが、その根底には、人間という存在はお互いに平安に生きていくことが可能なのだろうか、という問いも秘められていたのかもしれない。
ともあれ、三者三様のルーツを持つ素敵なダンサーが、最後は三人がそれぞれ長いソロ・ヴァリエーションを踊って締めくくった。三人の人柄が自ずと現れたかのように、三者三様の踊りが不思議なほどしっくりとまとまって踊られ、能舞台もまるでこのダンスのために用意されたかのように全く違和感なく観られたことは実に素晴らしい。観客はそれぞれの心が寿がれて帰路についたのではないだろうか。
(2017年12月17日 セルリアンタワー能楽堂)

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「老松」撮影/瀬戸秀美(すべて)