ワールドレポート ~世界のダンス最前線~

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森 瑠依子 text by Ruiko Mori 
[2017.11.10]

ザハーロワとレーピンの愛と信頼が生み出した「トランス=シベリア芸術祭」の2つの素晴らしいプログラム

トランス=シベリア芸術祭「アモーレ」「パ・ド・ドゥ for Toes and Fingers」
「アモーレ」=『フランチェスカ・ダ・リミニ』 ユーリー・ポソホフ:振付、 『レイン・ビフォア・イット・フォールズ』 パトリック・ド・バナ:振付、 『ストロークス・スルー・ザ・テイル』 マルグリート・ドンロン:振付
「パ・ド・ドゥ for Toes and Fingers」=『ライモンダ』より“グラン・アダージオ”(マリウス・プティパ:原振付、牧阿佐美:改訂振付、 『プラス・マイナス・ゼロ』(ウラジーミル・ヴァルナヴァ:振付)、 『レヴェレーション』 平山素子:振付、 『ヘンデル・プロジェクト』 マウロ・ビゴンゼッティ:振付、 『瀕死の白鳥』 ミハイル・フォーキン:振付、 『レ・リュタン』 ヨハン・コボー:振付 他

9月末から10月初めにかけて、世界的ヴァイオリニストでスヴェトラーナ・ザハーロワの夫君としても知られるワディム・レーピンが芸術監督を務める「トランス=シベリア芸術祭」公演が昨年に引き続いて行われた。このバレエ界と音楽界の大物カップルが豪華な共演を果たす「パ・ド・ドゥ for Toes and Fingers」、そしてザハーロワ自身がプロデュースした趣の異なる3作の現代作品で構成される「アモーレ」と、ボリショイ・バレエのダンサーらが共演するふたつのプログラムによって、円熟期を迎えたザハーロワの様々な魅力が存分に発揮された。

初日の東京公演で上演された、愛をテーマとする3作品を上演する「アモーレ」の幕開き、ユーリー・ポソホフ振付『フランチェスカ・ダ・リミニ』では、チャイコフスキーの劇的な音楽にのせて、ダンテの『神曲』のエピソードが描かれ、フランチェスカ(ザハーロワ)と夫ジョヴァンニ(ミハイル・ロブーヒン)、恋人パオロ(デニス・ロヂキン)の間で恋情、嫉妬、憎しみといった激しい感情がぶつかりあう。ザハーロワとロヂキンの濃密でドラマティックなパ・ド・ドゥから、ロブーヒンと地獄の門番たちがふたりと対峙して罰を与える強烈なクライマックスまで、エネルギーと迫力満載の踊りの連続で、見る者の心を揺さぶった。

tokyo1711b_01.jpg 『フランチェスカ・ダ・リミニ』より
フランチェスカ役のザハーロワと義弟で恋人のパオロ役のロヂキンの熱いパ・ド・ドゥ
(すべて Photo: H. Iwakiri)

次のパトリック・ド・バナ振付・出演とザハーロワ、デニス・サーヴィンの3人による『レイン・ビフォア・イット・フォールズ』は、はっきりしたストーリーはもたず、3人の関係性や感情の交差が描かれる現代作品。ザハーロワのためのオリジナル作品とあって、バッハの「ゴールドベルク変奏曲」など重厚な音楽をバックに、彼女のしなやかさ、叙情性が存分に活かされた振付で甘美な時間が流れた。

tokyo1711b_02.jpg 『レイン・ビフォア・イット・フォールズ』より
パープルの衣装もザハーロワのしなやかさを際立たせた

3作目はモーツァルトの有名な短調の交響曲第40番を使った『ストロークス・スルー・ザ・テイル』。第1楽章で「アモーレ」のリハーサル風景の画像が映写された後、ザハ-ロワとロブーヒン、サーヴィン、カリム・アブドゥーリン、アレクセイおよびアントン・ガイヌトディーノフのボリショイ・バレエの男性ダンサー5人が、音符を演じて燕尾服になったりチュチュ姿になったり、大まじめにユーモラスなダンス合戦を繰り広げる。コメディ・タッチのザハーロワというなかなか見られない趣向もあって、会場からはしばしば笑い声がもれ、公演の後は観客にすがすがしく明るい気持ちで帰ってほしいという振付家マルグリート・ドンロンの願いどおりに、会場全体がハッピーな空気に包まれた。

tokyo1711b_03.jpg 『ストロークス・スルー・ザ・テイル』より 男性陣のそれぞれユニークなヘアスタイルも見もの

終演後のカーテンコールでは、客席のレーピンも加わってのスタンディング・オベーションとなり、熱演を重ねたザハーロワ、ド・バナ、ボリショイ・バレエのダンサーたちに熱い拍手が鳴り止まなかった。

もうひとつのプログラム、東京と前橋で上演された「パ・ド・ドゥ for Toes and Fingers」(つま先と指のためのパ・ド・ドゥ)は、昨年の同名のプログラムの一部を更新したもので、日本のミュージシャンで構成される「フェスティバル・アンサンブル」とレーピンが舞台上で演奏。ザハーロワらのダンスと、レーピンのヴァイオリンをフィーチャーした名曲が交互に披露された。
バレエのパ・ド・ドゥ曲としても知られる『“ヴェネツィアの謝肉祭”による変奏曲』演奏で始まると、続いて観客の期待が高かったクラシック・バレエの『ライモンダ』のグラン・アダージオがザハーロワとロヂキンによって壮麗に踊られ、会場は一気に盛り上がった。その後はウラジーミル・ヴァルナヴァ振付・共演のどこかミステリアスで美しい『プラス・マイナス・ゼロ』(かつて日本でもブームになったアルヴォ・ペルト作曲『フラトレス』の演奏も見事)、平山素子振付の情感あふれるソロ『レヴェレーション』、5月にミラノで初演されたばかりの『ヘンデル・プロジェクト』からのしなやかさとシャープさ全開のパ・ド・ドゥ、水面を滑っているかのように美しい軌跡を描く流麗な『瀕死の白鳥』、レーピンとの掛け合いも楽しい芸達者なロブーヒン、元ボリショイで現スウェーデン王立バレエのドミトリー・ザグレービンとのコミカルな『レ・リュタン』と、ヴァラエティに富んだ小品の数々が披露された。ザハーロワはレーピンの愛情あふれる演奏のサポートも得て、つま先から指先まで神経の行き届いた美の極致の踊りで観客を酔わせた。

tokyo1711b_04.jpg 『ライモンダ』“グラン・アダージオ”より ロヂキンとの美の極みのデュエット
tokyo1711b_05.jpg 去年に続いて上演された
『プラス・マイナス・ゼロ』
tokyo1711b_06.jpg 斬新なチュチュも見所の『ヘンデル・プロジェクト』
日本での全幕上演を期待したい
tokyo1711b_07.jpgレーピンという最高のパートナーとの夢のデュエット『瀕死の白鳥』
tokyo1711b_08.jpg 「パ・ド・ドゥ for Toes and Fingers」の出演者を観客はスタンディング・オベーションで称えた
(すべて Photo: H. Iwakiri)

この公演では音楽もダンスの添え物ではなく、もう一方の主役。『ツィガーヌ』『カルメン幻想曲』など、よく知られたメロディによる超絶技巧満載の難曲を次々と弾きこなしていくレーピンの華麗なソロと、名手ぞろいのアンサンブルによる演奏も終始輝きを放ち、音楽とダンスの素敵なパ・ド・ドゥを堪能させてくれた。

全演目に主演し、全身全霊を捧げて踊ったザハーロワには、感銘を受けるとともに、最高の舞台を披露しようという世界最高峰のバレリーナとしての矜持も感じられた。共演したダンサーたちも選りすぐられたメンバーで、特に『ストロークス・スルー・ザ・テイル』のボリショイ・バレエの男性ダンサーたちは、プリンシパルやコール・ド・バレエといった階級の違いが感じられないほど、全員がすばらしいテクニック、身体能力、表現力を発揮し、古典だけでなく現代作品を踊っても超一流のところを見せつけた。また『フランチェスカ・ダ・リミニ』の女性群舞にはアナ・トゥラザシヴィリなど注目のソリストも含まれており、『レ・リュタン』でテクニシャンぶりを見せつけたザグレービンともども、1作のみの出演というのがなんとも残念だった。
このトランス=シベリア芸術祭はこれからも続き、「パ・ド・ドゥ for Toes and Fingers」も曲目を変えて上演されていくという。ザハーロワとレーピンの愛と幸福感に満ちた公演が今後も日本で見られることを願ってやまない。
(2017年9月26日、29日 Bunkamura オーチャードホール)