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佐々木 三重子 text by Mieko Sasaki 
[2017.10.10]

刺激的で魅力的だった20世紀の傑作『アルルの女』『小さな死』『春の祭典』、東京バレエ団公演

東京バレエ団〈20世紀の傑作バレエ〉
『アルルの女』ローラン・プティ:振付、『小さな死』イリ・キリアン:振付、『春の祭典』モーリス・ベジャール:振付

〈20世紀の傑作バレエ〉と題して、東京バレエ団が20世紀のバレエに革新的な影響を与えた3人の振付家の作品による公演を行った。演目は、バレエ団として初演になるローラン・プティの『アルルの女』とイリ・キリアンの『小さな死』の2作品と、バレエ団が得意とするモーリス・ベジャールの『春の祭典』。振付家それぞれの個性が際立つ作品が並んだ。中でも、プティの作品を手掛けるのは初めてとあって、『アルルの女』には“イタリアの貴公子”ロベルト・ボッレを招き、万全の体制を敷いていた。そのボッレが上野水香と組んで踊った日を観た。

tokyo1710b_01.jpg 『小さな死』(C)Kiyonori Hasegawa

幕開けはキリアンの『小さな死』。モーツァルトの没後200周年にあたる1991年のザルツブルク音楽祭のために、モーツァルトのピアノ協奏曲第23番と21番の緩徐楽章を用いて創られた20分ほどの作品である。フランス語の原題は「オルガスムス」を示唆するそうで、キリアンによれば、「詩的でありながら、性的な行為がもたらすエクスタシーを風変わりなほどに意味にありげに描き出す作品」という。男性ダンサー6人と女性ダンサー6人が、流れるようにシーンをつないでいった。細く尖った剣はパワーや男性性の象徴なのか、男性ダンサーがそれを指で支え、床の上に転がす暗示的な冒頭のシーン。ステージ一杯に黒い布が広がって翻ると、忽然と現われる女性たち。舞台は意外性の連続だった。頭や手足のないトルソーをスピーディーに動かして踊る女性ダンサーたちはユーモラスに映った。束縛からの解放を告げるのか、女性たちは貴婦人たちが着用した窮屈そうなクリノリン・ドレスを脱ぎ捨て、シンプルな衣裳になった。最も鮮烈な印象を与えたのは、男女が一体の生き物のように組み、秘めやかなやりとりを紡いでいくシーンで、静謐さのなかにエロティックな匂いを濃厚に漂わせていた。難しい振りやパートナリングを巧みにこなし、生き生きと踊ったダンサーたちの力量はさすがだった。キリアンの洒脱なセンスが隅々まで行きわたり、初演から四半世紀が経った今も、斬新に感じられた。

tokyo1710b_02.jpg 『小さな死』(C)Kiyonori Hasegawa tokyo1710b_06.jpg 『小さな死』(C)Kiyonori Hasegawa
tokyo1710b_04.jpg 『アルルの女』(C)Kiyonori Hasegawa

プティの『アルルの女』(1974年初演)は、ビゼーの同名のドラマティックな音楽を用い、アルルの女に憑かれた青年フレデリがヴィヴェットと結婚式を挙げた夜、女の幻影を追って窓から身を投げてしまう悲劇を描いた作品。後半のフレデリとヴィヴェットのデュオから悲劇の幕切れまではガラ公演などでお馴染みだが、通しての上演は少ないので貴重な機会だった。婚礼を控えた2人を真ん中に、村の若者が男女に分かれて横一列に並ぶ冒頭のシーンは因習的な村の習わしを模したように映った。群舞の村人たち、特に女性たちは絶えず笑みを浮かべて2人を引き立てるように踊ったが、それに素直に反応するヴィヴェット役の上野水香に対し、フレデリ役のロベルト・ボッレの表情はこわばりを増していく。祝福する村人たちにリフトされた時、2人の取ったポーズは十字架に貼り付けにされたようにも見え、またボッレのまなこが虚ろだったこともあり、不安な要素をはらんでいた。ともあれ、無事に結婚式にたどり着くよう2人を支えた村人たちのコール・ド・バレエは、見事に一体化しており、純朴だっただけに、後に起きる悲しい出来事を予感させもした。

主役のボッレと上野は、昨年、モスクワでのクレムリン・ガラでクライマックスのパ・ド・ドゥを踊っているだけに、息は合っていた。村人たちと踊りながら、ボッレは目を大きく見開き、心や身体が硬直していくように演じることで、アルルの女の幻影から逃れられなくなった状態を伝えていた。上野は村人たちの気遣いを慎ましやかに喜び、ボッレの様子に一抹の不安を抱えながらも花嫁となる高揚感を滲ませた。初夜を迎えた2人が踊るメヌエットのパ・ド・ドゥで、上野は細やかな足先の演技でボッレに恥ずかしそうに寄り添い、彼の気を引こうとする様を初々しく演じた。一方のボッレは全く無表情で、必死にすがる上野の誘いを冷たく拒絶する様は、フレデリの心が既にこの世にはないことをうかがわせた。上野はうちひしがれて去るが、自身の哀しみのほかに、相手を救えない無念さや絶望感も込められているように思えた。直後のファランドールのソロで、ボッレは憑かれたように激しい身振りで踊り、エネルギーを燃焼し尽くすようにジャンプでステージを駆け巡り、窓の外の暗闇の世界に勢いよく飛び込んで終わった。上野の繊細な心の表現とファランドールでのボッレのダイナミックな跳躍が印象に残る舞台だった。

tokyo1710b_05.jpg 『アルルの女』(C)Kiyonori Hasegawa

ベジャールがストラヴィンスキーの同名の曲に振付けた『春の祭典』(1959年初演)は、発情期の鹿が交尾する様に触発されて振付けた、あまりに有名な作品。ベジャールは「肉体の深淵における男と女の結合、天と地の融合、春のように永遠に続く生と死の讃歌とならんことを!」と記している。眠りから目覚めた男性ダンサーが身を起こし、角を突き合わせ、獣性を露わに荒々しく踊る最初の部分が、何といっても衝撃的。それにしても、ベジャールが、ストラヴィンスキーの音楽に潜む原始のリズムや不協和、ダイナミズムをこれほど鮮やかに舞踊化しているのに驚くばかり。生贄は男性が岸本秀雄、女性が奈良春夏で、ともに初役だった。岸本はもろさを内に抱えた生贄で、奈良は宿命のままに従うといった印象を受けた。男性、女性それぞれの迫力ある群舞、男女が入り交じってのうねるように熱を帯びていく群舞は、やはり精悍だった。
以上の3作品、内容や表現のスタイルは全く異なるが、どれも刺激的で魅力的だった。とりわけバレエ団として初演した2作品から得たものは多そうだ。レパートリー化して、より一層練り上げていって欲しいと思う。
(2017年9月8日 東京文化会館)

tokyo1710b_03.jpg 『春の祭典』(C)Kiyonori Hasegawa tokyo1710b_07.jpg 『春の祭典』(C)Kiyonori Hasegawa
tokyo1710b_08.jpg 『春の祭典』(C)Kiyonori Hasegawa