ワールドレポート ~世界のダンス最前線~

From Tokyo <東京>: 最新の記事

From Tokyo <東京>: 月別アーカイブ

関口 紘一 text by Koichi Sekiguchi 
[2017.09.11]
パリ・オペラ座バレエ団と英国ロイヤル・バレエ団のダンサーが共演した「バレエ・スプリーム」公演は、まことに興味深いものがあった。オペラ座バレエのエトワールを中心としたチームには期待の若手オニール 八菜も参加しており、芸術監督のオーレリー・デュポンがまとめた。そしてロイヤル・バレエのチームのプリンシパルやソリストの中には高田茜と金子扶生がいて、こちらはステーヴィン・マックレーがリーダーとなっていた。
A、B、Cの3つのプログラムが用意された。私はAプロを観ることができたが、この二つの世界的に著名なバレエ団のダンサーたちの踊りには、それぞれの伝統の基となるダンスのDNAともいうべきものが感じられた。オペラ座バレエのダンサーの中には、本拠地であるガルニエ宮に彫像が飾られている作曲家ジャン=バティスト・リュリやピエール・ボーシャンが創ったダンス・クラシックの音楽的な身体性が埋め込まれており、それが舞台の上でダンサーのイメージとして垣間見えた。一方、ロイヤル・バレエのダンサーは、シェイクスピアの国、演劇の国、そしてミュージックホールが盛んだった国としての因子がダンサーたちの中に潜在していて、演技的表現がショーマンシップとして現れていた。ここにもし、ロシア・バレエのダンサーのチームが参加していれば、生命の躍動感といったものがダンサーから感じられたのではないだろうか。私見によると、おそらくこの3つファクターが今日のクラシック・バレエの構造を成している、と思われる。もちろん、今までもいわれてきたことではあったが、カンパニー同士のコラボレーションからくっきりと感じとることができたのであった。

ルグリ&ゲラン、スミルノワ&チュージン、ヌニェス&ムンタギロフが圧巻の踊りを見せた、見応え充分のルグリ・ガラ

「ルグリ・ガラ〜運命のバレエダンサー〜」
マニュエル・ルグリ、イザベル・ゲラン、マリアネラ・ヌニェス、ワディム・ムンタギロフ、オルガ・スミルノワ、セミョーン・チュージン他:出演

周知のようにマニュエル・ルグリは、元パリ・オペラ座バレエ団のエトワールで、現在はウィーン国立歌劇場バレエ団の芸術監督を務め、ダンサーとしても活動している。また、自身が主宰するグループ公演もたびたび行うなど、長い優れたキャリアを持つ。そのルグリが「 “ダンス” という同じ運命」のもとにあるダンサーや振付家を集成して企画し、「私にとって最後となるかもしれない舞台」という意を込めて「ルグリ・ガラ〜運命のバレエダンサー〜」と名付けた公演である。
プログラムはA、Bの二つが組まれたがともに16演目で、休憩を含めてAプロが190分、Bプロが205分と3時間を超える熱のこもったものだった。
出演したダンサーはルグリはもちろん、元オペラ座エトワールでルグリのパートナーとしても踊ったイザベル・ゲラン、英国ロイヤル・バレエのプリンシパルのペア、マリアネラ・ヌニェスとワディム・ムンタギロフ、ボリショイ・バレエのプリンシパルカップル、オルガ・スミルノワとセミョーン・チュージン、スペイン舞踊のエレナ・マルティン、元ベジャール・バレエ・ローザンヌのプリンシパルで振付を手がけるパトリック・ド・バナ、そしてウィーン国立バレエ団プリンシパルのニーナ・ポラコワ、デニス・チェリェヴィチコ、ソリストのナターシャ・マイヤー、ニーナ・トノリ、ニキーシャ・フォゴ、ヤコブ・フェイフェルリック、ドゥミソリストのジェロー・ウィリック、ジェームズ・ステファン、コール・ド・バレエの芝本梨花子だった。ピアノはウィーン国立バレエ団専属ピアニストの滝澤志野。
プログラムにはガラ公演おなじみの古典名作は、ルグリの得意だった『チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ』や『グラン・パ・クラシック』などが選ばれていた。また、ルグリが2016年に初めて全幕振付を行った『海賊』、シルヴィ・ギエムとルグリのためにノイマイヤーが振付けた『マニフィカト』、ダンサーとしてのルグリに大きな影響を与えたローラン・プティの『アルルの女』、そして意外にもルグリが踊ったことがなかったプティ作品『ランデヴー』、さらに近年、振付の提供を受けることの多いパトリック・ド・バナの『フェアウェル・ワルツ』。ルグリはオペラ座の「ヌレエフ世代の騎手」とも言われたが、ヌレエフ版の『ライモンダ』と1964年にウィーンで初演されたヌレエフ版『白鳥の湖』。そして『Moment』と題したソロ作品の世界初演もあった。これらはバレエダンサー、マニュエル・ルグリの「運命」に関わった作品。パリ生まれでオペラ座育ちのルグリが継承するダンス・クラシックの伝統、バレエの薫陶を受けたヌレエフ、ダンサーとして踊る役柄を変えるきっかけとなったプティ作品、さらにウィーンの貴族文化、アフリカのダンスなどが混在する、バレエの今日的な状況を反映したプログラムである。

tokyo1709a_0702.jpg 「海賊」ヌニェス、ムンタギロフ
(c) Hidemi Seto / Legris Gala 2017(すべて)

AプロもBプロも開幕前に、アフリカの太鼓のような響きとともに、ダンスのモーメントをモンタージュした映像が映され、ルグリの「ダンスという運命」との出会いを象徴的に表した。
まず、初めてルグリが振付けた全幕バレエ『海賊』の第3幕のオダリスクの踊りで幕が開き、ニキーシャ・フォゴ、ナターシャ・マイヤー、芝本梨花子が踊った。開幕に相応しい華やかなパ・ド・トロワで、フォゴのバランスの良い速い動きが印象に残った。ルグリ版『海賊』は、プティパのヴァージョンに基づいているが、アリは登場しない。元々の『海賊』にはアリは登場していなかった、という説にインスピレーションを受けて、物語を再構成したのであろう。振付に当たっては、アダンの音楽をベースとして、その他の曲も加えるなどして選曲し直し、コール・ド・バレエに至るまで振付に手を加えたという。マニュエル・ルグリのインタビューは
http://www.chacott-jp.com/magazine/interview-report/interview/post-130.html

A、B両方のプロで、『海賊』第2幕メドゥーラとコンラッドのアダージョ(ドリーブ曲)を、マリアネラ・ヌニェスとワディム・ムンタギロフが踊った。彼らは2016年にウィーン国立バレエ団で『海賊』を初演した際のオリジナル・キャスト。愛し合う二人の幸せが、音楽にのって軽やかに踊られた。ムンタギロフは「幸せ感」を表すのが上手い。2018年5月には、ウィーン国立バレエ団のルグリ版『海賊』全幕の来日公演が決まった、という情報も入ってきた。
『ライモンダ』はヌレエフ版の第1幕の夢のシーン。ニーナ・ポラコワとヤコブ・フェイフェルリックが踊った。こちらはライモンダが思い描く夢だが、なかなか雰囲気が良くでていた。この演目をニューヨークで踊った後に、ルグリはパリ・オペラ座のエトワールに正式に昇進している。

tokyo1709a_0991.jpg 「… Inside the Labyrinth of Solitude 」
ジェロー・ウィリック

マルティンとパトリック・ド・バナが振付け自身で踊った『I have been kissed by you…』とド・バナ振付でジェロー・ウィリックが踊った『…Inside the Labyrinth of solitude』が連続して上演された。エレナ・マルティンの裾の長い衣装の下からド・バナが姿を表すシーンで始まり、誕生するということの不可思議を描いた。フラメンコと自身のダンスを突き合わせることにより、自分の存在そのものを実感する踊りであろうか。続いて孤独の迷宮をさすらうダンスが踊られたが、これはロケットダンサーと評されたボリショイ出身のミハイロフスキー・バレエのプリンシパル、イワン・ワシーリエフのために振付けられた、という。それだけに、静寂を突き動かす圧倒的なエネルギーが放出されるダンスだった。見事なソロを踊ったジェロー・ウィリックに大きな拍手が贈られた。
アシュトン振付『ラ・フィーユ・マル・ガルデ』は、ナターシャ・マイヤーとデニス・チェリェヴィチコによる、リーズとコーラスの愛らしいパ・ド・ドゥ。ルグリの教えだろうか、ウィーン国立バレエ団のダンサーは、登場人物の心を捉えてじつに素直に表現している。ルグリのコーチは、何回か見たことがあるが、曖昧な気持ちが残るダンサーの心を、一気に登場人物のその人の心へと変貌させる効果をみせた。バレエの教育者としても優れているのだ。

tokyo1709a_3188.jpg 「海賊」ヌニェス、ムンタギロフ tokyo1709a_2668.jpg 「マニフィカト」
トノリ、フェイフェルリック
tokyo1709a_2736.jpg 「じゃじゃ馬馴らし」
スミルノワ、チュージン

シルヴィ・ギエムとルグリのためにノイマイヤーが振付けた『マニフィカト』。白い総タイツのニーナ・トノリと白いタイツで上半身裸のヤコブ・フェイフェルリックがバッハの曲によるクールで清潔な造型美を踊って見せた。ルグリがまだ20代の頃に振付けられた作品である。余談ながら、私が見た若き日のルグリは、青春を謳歌する輝くばかりパリジャンだった。明るく何の屈託のないバレエ青年だったのだが、突然、エトワール昇進とその取消、再度昇進という事件の渦中に立たされた。オペラ座のダンサーの階級制度などをめぐるベジャールとヌレエフの対立が、その背景にはあった。もし将来、マニュエル・ルグリ論を書く人がいれば、それは避けて通ることのできない出来事であり、彼にとってのターニングポイントだったかもしれない。
2014年にジャン=クリストフ・マイヨーが外国人としては初めて、ボリショイ・バレエから全幕バレエの委嘱を受けて振付けられた『じゃじゃ馬馴らし』。初演でビアンカを踊ったオルガ・スミルノワと、ルーセンシオを踊ったセミョーン・チュージンによるパ・ド・ドゥだ。『じゃじゃ馬馴らし』はスカルラッティの音楽(クルト=ハインツ・シュトルツ編曲)を使ったクランコ版が傑作として名高いが、マイヨーはショスタコーヴィチの音楽により振付けている。ビアンカは姉のカタリーナと違って気立てがいい娘、ルーセンシオとのカップルは、カタリーナとペトルーチオのカップルと対照的だ。マイヨーはこの作品で「人生で出会って一組がペアになっていく中で生まれる愛をメインとして描いている」と語っている。
スミルノワのバランスはまさに1級品。プロポーションが抜きん出て美しいというほどでもないが、見事なバランス感覚と美しいラインを堂々と描いて舞台に鮮やかな花を咲かせた。このボリショイ・バレエのプリンシパルのカップルは、後半に『グラン・パ・クラシック』を、Bプロでは『ファラオの娘』(C.プーニ音楽、ピエール・ラコット振付)と『ジュエルズ』の「ダイアモンド」を踊ったが、どの舞台も素晴らしかった。若さと華やかさがあり、クラシック・バレエらしい豪華さがあり、活き活きとした踊りだった。スミルノワは、ワガノワ記念バレエ・アカデミーを首席で卒業した、とキャリアに書かれていたが、「さすが!」と思わせる踊りで、観客を魅了した。この二人はファンの間では「スミチュー」と言われて大いに人気を集めている。スミルノワのインタビューは
http://www.chacott-jp.com/magazine/interview-report/interview/post-133.html
『チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ』を踊ったのは、英国ロイヤル・バレエのプリンシパルのペア、マリアネラ・ヌニェスとワディム・ムンタギロフ。美しいメロディとムーヴメントの一体化が楽しめた。ヌニェスは筋肉が少し目立ったが、ワディムのいきの良さを受け入れて落ち着いた踊りだった。このペアは、Aプロでは『海賊』第2幕よりアダージョ、Bプロでは『ジゼル』第2幕のパ・ド・ドゥ、『ドン・キホーテ』第3幕のグラン・パ・ド・ドゥを踊った。どれもガラ公演の定番演目だが、ヌニェスとムンタギロフは安定した踊りで、舞台全体の良い流れを作っていた。ムンタギロフのインタビューはhttp://www.chacott-jp.com/magazine/interview-report/interview/84.html

tokyo1709a_1650.jpg 「ダイアモンド」
オルガ・スミルノワ、セミョーン・チュージン
tokyo1709a_0582.jpg 「アルルの女」
イザベル・ゲラン、マニュエル・ルグリ
tokyo1709a_2183.jpg 「ランデヴー」
イザベル・ゲラン、マニュエル・ルグリ

そしてルグリ・ガラの最大の呼び物は、かつてのエトワール・ペア、ゲランとルグリの踊り。Aプロでは、ド・バナ振付、ショパン、マルティノフ音楽の『フェアウェル・ワルツ』とローラン・プティ振付、ビゼー音楽の『アルルの女』、Bプロではプティ振付、コスマ音楽の『ランデヴー』と『フェアウェル・ワルツ』が踊られた。とりわけプティの2作品では、ゲランが善良な女性と冷徹な恐ろしい女性を演じ踊って客席を熱狂させた。『アルルの女』は、オペラ『カルメン』の前年に作曲されたジョルジュ・ビゼーの音楽が素晴らしい。ここではヴィヴェットとフレデリの愛のデュエットが踊られたが、ルグリの魂を失って彼方を見ているような眼差しとゲランが醸す優しい情感が印象的。『ランデヴー』はプティの弱冠21歳の時の作品だが、ジャック・プレヴェールの台本がこの傑作を生んだと思われる。そのプレヴェールの仲介によりピカソが舞台幕を描いたことでも知られる。モノクロームのブラッサイのパリの写真を背景に、実存主義的殺人とでも言いたいような青年の死を描いている。ボブヘアーに美脚を黒のストッキングに包んだゲランが、夜のペーヴメントの鈍い光を浴び、青年に死を宣告する。二人の円熟した表現力が観客の心を虜にした。
『フェアウェル・ワルツ』はジュルジュ・サンドとフレデリック・ショパンの愛に想を得てド・バナが、2014年にゲランとルグリのために振付けたもの。ベッドと椅子を舞台の対角線上にやや離れて置いただけのセット。ベッドの上のルグリと椅子にかけたゲランがショパンの曲とともに踊り始め、希望や思い出、すれ違いなど様々の関係が築かれて、やがて崩れて別れに至るまでを踊った。ラストは、ロシアの現代作曲家ウレジミール・マルティノフの曲に変わり、ルグリが椅子にゲランはベッドの上に収まっていた。経験豊かな二人のダンサーの指先にまで情感を漂わせた踊りが心に染み入った。

tokyo1709a_1.jpg 「フェアウェル・ワルツ」
イザベル・ゲラン、マニュエル・ルグリ
(C)Wiener Staatsoper / Michael Pöhn
tokyo1709a_2.jpg 「フェアウェル・ワルツ」
イザベル・ゲラン、マニュエル・ルグリ
(C) Gabriele Schacherl
※『フェアウェル・ワルツ』は今回の公演写真ではありません

『Movements of the soul』は、二キーシャ・フォゴが今年の5月に振付けたもので、フォゴ自身のソロだった。音楽はコンテンポラリーの曲を構成していた。太陽の光を思わせるような大胆な照明がアフリカの大地を思わせ、しなやかで美しい奔放なフォゴの動きと身体性を際立たせた。そのほかにも『Murmuration』(E.ボッソ音楽、E.リアン振付)、『Whirling』(R.グラス音楽、A.ルカーチ振付)、『Mozart à  2』(W.A.モーツァルト、T.マランダン振付)などコンテンポラリー作品は独特の面白さがあったし、全体にクラシック作品とコンテンポラリー作品のバランスが良く、見ごたえ充分の楽しい公演だった。
そしてA、Bプロとも、今回のルグリ・ガラのために振付けられた『Moment』(J.S.バッハ、F.プゾーニ音楽、N.ホレツナ振付)の世界初演がトリ。マニュエル・ルグリのソロが滝澤志野のピアノ演奏とともに踊られ、53歳の偉大なバレエダンサーの『Moment」がその運命に刻み込まれた。
(2017年8月22日Aプロ、23日Bプロ 東京文化会館大ホール)