ワールドレポート ~世界のダンス最前線~

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関口 紘一 text by Koichi Sekiguchi 
[2017.07.10]
♪バレエ昔も今も♪ BALLET OLD AND NEW♪
『ポリーナ、私を踊る』というアジェラン・プレルジョカージュとパートナーのヴァレリー・ミュラーが共同監督した映画が、10月には一般公開される。ダンスの映画としては、たいへん印象深い映画だった。すでにニュース記事として書いたが、今日のダンスにとっても映画にとっても大切な問題を提示しているので、再度、書いておきたい。
まず、この映画は、出演者(ダンサーや俳優)の身体の存在感をかけがえのないものとして、ダンスシーンなどで代役は使っていない。言うまでもないが、映像に今では当たり前となっているCGは使われていない。ポリーナを演じる主演のアナスタシア・シェフツォワは、ワガノワ・バレエ・アカデミーを卒業してマリインスキー・バレエ団に入団していたが、この映画のオーディションを受け、初めての映画主演を果たした。彼女は、ロシアを中心とした600名を超えるオーディションの結果選ばれたのだが、この映画で描かれるポリーナとほとんど重なるような意識と能力を持った女性である。つまり、この映画では、自然や身体自体が持つ存在感をそのまま映像化しようと試みている。そして、ゲームなどで使われるCG映像によるバーチャル感覚とは、異なったリアリティを追究している。いうまでもないが、それはダンスにとっては生命線であり、そこにこのダンス映画の重要性がある。
そしてもう一つ大切なことは、この映画では、クラシック・バレエとコンテンポラリー・ダンスが対立するものとして捉えられていない、ということ。バレエを志していたポリーナに、根源的な影響を与えたのは、初めて師事したクラシック・バレエの教師、ボジンスキーである。ポリーナは、コンテンポラリー・ダンスを経験し、ボジンスキーから啓示を受けた自由をロシアの大地が象徴する自然の中で、新しいダンスとして創造するのである。

音楽とドラマが舞台空間で見事に融合したグリゴローヴィチ版『ジゼル』

The Bolshoi Ballet ボリショイ・バレエ団
“Giselle” choreography by Jean Coralli, Jules Perrot and Marius Petipa
Production and choreographic version by Yuri Grigorovich
『ジゼル』ジャン・コラーリ、ジュールス・ペロー、マリウス・プティパ:原振付、ユーリー・グリゴローヴィチ:制作・振付改訂

今年はボリショイ・バレエ団の初来日から60年目に当たるという。初来日は1957年で、東京の公演会場は新宿コマ劇場と両国国際スタジアムだった。新宿コマ劇場は2008年まで賑わったが、現在は建て替えられ新宿東宝ビルとなっている。当時、私にもロシア(旧ソ連)から未体験の「美」が来る、という感覚があったことをうっすらと記憶している。さらに70年代になるとリュドミーラ・セメニャカに恋い焦がれ、初めてロシアに取材に行った時、クラスを受けている彼女をしつこく撮影し、ロシア語で声をかけられた。もちろん、意味はわからなかったが(良い意味ではなかったかもしれないが)世界の舞姫に初めて声をかけられて有頂天になったことも覚えている。閑話休題。

tokyo1707a_1517.jpg 撮影/瀬戸秀美 tokyo1707a_1555.jpg 撮影/瀬戸秀美

今回のボリショイ・バレエの来日公演は、2017年にロシアが推し進めるグローバルなプロジェクト「ロシアン・シーズン」の皮切り公演でもある。総勢230人が来日した引っ越し公演で、もちろん、ボリショイ・オーケストラも来日しており、広島から東京、大津、仙台、大阪まで全15公演が行われた。上演されたプログラムは、グリゴローヴィチ版『ジゼル』『白鳥の湖』、アレクセイ・ラトマンスキー版『パリの炎』という全幕3演目だった。
まず、ユーリー・グリゴローヴィチ版の『ジゼル』から観た。ジゼルはエカテリーナ・クリサノワ、アルブレヒトはウラディスラフ・ラントラーノフ、ミルタはアリョーナ・コワリョーワだった。
『ジゼル』はボリショイ・バレエの得意演目のひとつだ。特に第2幕の月光に浮かび上がるウィリーの群舞は、抗い難い魅力があり、独特の照明の色調はボリショイ・バレエでしか出すことができない、と言われる。この独特の月の光の中に浮かび上がるウィリーたちの踊りは、ダンサーたちが常日頃リハーサルし踊っているオーケストラの奏でる音楽と合体して、観客を優しく包み、苦もなく別世界へと連れ去ってしまう。まさに、ボリショイ・バレエの伝統が最も良い形で息づいているバレエである。
主役のクリサノワとラントラートフの見事なダンスもさることながら、なんといってもアンサンブルの安定感のある音楽性、優雅な動きとその絵画的な美しさは絶妙だ。ダンサー一人一人がこのバレエの真髄を完璧に理解して踊っているのである。音楽とドラマが舞台空間で完璧に融合するグリゴローヴィチならではの振付の極北のひとつがここにある、と言っても過言ではあるまい。アンサンブルがあたかも1人のダンサーであるかのように有機的かつ優美に動き、主役のダンスを際立たせている、と言えばいいのかもしれない。過去にはグリゴローヴィチの振付に違和感を覚えることもなかったわけではないが、今年1月に90歳を迎えたというマエストロに完全に脱帽である。
(2017年6月5日 東京文化会館)

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tokyo1707a_2005.jpg ボリショイ・バレエ団『ジゼル』撮影/瀬戸秀美(すべて)