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関口 紘一 text by Koichi Sekiguchi 
[2017.06.12]
♪バレエ昔も今も♪ BALLET OLD AND NEW♪
6月4日、マリインスキー・バレエ団の公式サイトが、振付家セルゲイ・ヴィハレフが55歳の若さで亡くなった、と訃報を伝えた。
ヴィハレフはキーロフ・バレエ(現マリインスキー・バレエ)では優れた表現を見せるダンサーとして注目されていたが、後に、プティパなどの古典名作バレエをほぼ完全に次々と復元して世界的に知られるようになった。マリインスキー劇場では、ロシアのステパノフ式という舞踊記譜法で記録されたいた『眠れる森の美女』『ラ・バヤデール』ほかを復元し上演した。とりわけ壮大なスケールのプティパ版『ラ・バヤデール』は、第4幕の神殿崩壊のシーンが再構築されたことが評判となった。周知のように、近年上演される『ラ・バヤデール』は、ナタリア・マカロワ版を除いて第4幕は省略されている。それは、ロシア革命で第4幕の装置が失われてしまったためとも伝えられる。あるいは、神の怒りに触れて神殿が崩壊することは、粛清によって葬り去られた革命家の呪いを連想させるため上演されないのだ、などと語る舞踊関係者もいた。
ヴィハレフはしばしば来日し、『ラ・バヤデール』を復元上演した映像を見せ、ロシアの舞踊評論家や舞台芸術博物館の学芸員とともに解説する催しなども開催した。これは日本人のバレエファンの女性が個人的に主催したものだった。当時、日本には本当に素晴らしいバレエファンがいるものだ、と大いに感心したことを覚えている。ヴィハレフも自身の仕事を、一般のバレエファンが注目し、熱心に学ぼうとしていることを大いに喜んでいた。今、ヴィハレフを失ってしまっては、このようなロシアと日本のバレエを介した温かい交流の場が生まれることはもうない。

新国立劇場バレエ『眠れる森の美女』、木村優里のオーロラ姫と米沢唯のカラボスのデビューを観る

新国立劇場バレエ団
『眠れる森の美女』ウエイン・イーグリング:振付(マリウス・プティパ原振付による)

新国立劇場バレエの2016-17シーズンの5月公演『眠れる森の美女』は、2014年にウエイン・イーグリングが振付け、新制作した舞台。今回が最初の再演となる。

tokyo1706a_3279.jpg 撮影/鹿摩隆司

新国立劇場バレエ『眠れる森の美女』のヴァージョンの特徴一つは、カラボスがトゥシューズを着けて踊るということ。それに応じた5公演4組のキャストが組まれていた。
デジレ王子はゲスト・プリンシパルのワディム・ムンタギロフが米沢唯と2回、奥村康祐が池田理沙子と、井澤駿が木村優里と、福岡雄大が小野絢子のオーロラ姫と踊った。また米沢唯はオーロラ姫を2回、カラボスを2回(他日は本島美和)踊り、木村優里はオーロラ姫1回とリラの精を2回(他日は細田千晶)踊った。
私は、木村優里のオーロラ姫と米沢唯のカラボスという二つのデビューが観られる日を選び新国立劇場に足を運んだ。木村のパートナー、デジレ王子役は井澤駿、リラの精は細田千晶だった。

オーロラ姫もカラボスもデビューだったので、どちらの役にも登場シーンに観客の注目が集まった。
まず、プロローグには米沢唯のカラボスが颯爽と登場したが、過剰な表現を抑えた出だった。もっとも巨大な蜘蛛の戦車に乗り、手下の小悪の妖精たちに引っ張られて派手に登場するので、あまり力まず悪の妖精として自然体(?)の姿を見せ、動きの中に悪の本領を表そうと意図していたのかもしれない。それでも少し緊張感が伝わってきたから、ダンサーとして同じ一連の公演の中で(5日の休みがあったとしても)、オーロラ姫とカラボスという大きく異なる役柄を踊り分けるということは、やはり難しいことなだろう。最近の米沢の踊りは、動きが洗練され、よりいっそう安定感が感じられるようになった。今回のように新たな役に積極的にチャレンジしていく姿勢が、ダンサーとしての領域を広げ、余裕のある舞台を作っているのだろう。

一方、オーロラ姫のほうは、16歳のハツラツとした若さをステップの一歩一歩に表しながら登場する。役柄表現的にも重要な出であり、続けてすぐにローズアダージオという難しいヴァリエーションを踊らなければならない。期待を込めた喝采で迎えられた木村にも少し緊張感が感じられた。しかし、持ち前のおおらかさは失ってはおらず、素晴らしいプロポーションと伸びやかな雰囲気を持った身体がオーロラと呼ぶにふさわしい。とは言え、珍しく身体に少し固さが現れ、少し登場人物の気持ちと動きが一体に見えなかったところもあった。しかし、リハーサルを重ね身体の中に育んできたオーロラの気高い心には、揺るぎが感じられなかったので気にならなかった。2幕に入ると木村本来の伸びやかな動きをしっかりと取り戻し、デジレ王子の井澤駿ともよく息が合って踊った。
全幕の踊りを締めくくるグラン・パ・ド・ドゥは、二人の若さの中に豪華さが自然に現れて、堂々としたものだった。確かに木村のトウは美しさを秘めている。ポワントワークがさらに洗練されれば、ステップはより魅力的に見えてくるに違いないと思う。
今まだ主役としてのキャリア不足を否定することはできないかもしれないが、これからさらに様々な役柄を踊っていけば、輝きがいっそう増して大きく飛躍する可能性がある。その日を多くの観客がわくわくしながらまっているのである。
(2017年5月12日 新国立劇場 オペラパレス)

tokyo1706a_3800.jpg 新国立劇場バレエ団『眠れる森の美女』木村優里、井澤駿 撮影/鹿摩隆司