ワールドレポート ~世界のダンス最前線~

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佐々木 三重子 text by Mieko Sasaki 
[2017.04.10]

優美で繊細、躍動感あふれるパリ・オペラ座の若いダンサーたちのエネルギーが燃焼した

パリ・オペラ座バレエ団
『ラ・シルフィード』ピエール・ラコット:振付
〈グラン・ガラ〉『テーマとヴァリエーション』ジョージ・バランシン:振付、『アザー・ダンス』ジェローム・ロビンズ:振付、『ダフニスとクロエ』バンジャマン・ミルピエ振付

パリ・オペラ座バレエ団が15回目の来日公演を行った。20年にわたり芸術監督を務めたブリジット・ルフェーブルの後を引き継いだのは、ニューヨーク・シティ・バレエ(NYCB)出身の気鋭の振付家バンジャマン・ミルピエ。だがわずか1年半で去り、その後任として昨年8月、元エトワールのオレリー・デュポンが就任した。ミルピエの革新的な体制が引き起こした波紋は収束したようで、従来の伝統を重んじるデュポンの下、バレエ団は新たな展開の時を迎えているようだ。
プログラムは、ロマンティック・バレエの名作『ラ・シルフィード』と、2014年にオペラ座が初演したミルピエの意欲作『ダフニスとクロエ』を含む近現代の3作品からなる〈グラン・ガラ〉の2種。ケガなどによるダンサーの交替もあり、新進エトワールのジェルマン・ルーヴェやレオノール・ボラックをはじめ、躍進目覚ましい若手の活用が注目された。加えて、3月3日の『ラ・シルフィード』の公演直後、ジェイムズを踊ったユーゴ・マルシャンがエトワールに任命されるという嬉しい出来事もあった。こうしたことも手伝い、若返りを図る新生パリ・オペラ座バレエ団というイメージが今回は濃厚だった。
また、エトワール引退後も、オペラ座以外の世界の舞台で活躍しているデュポンが、この日本公演に限り、初演時に主演した『ダフニスとクロエ』に出演するのも関心を集めていた。

tokyo1704b_5660.jpg 『ラ・シルフィード』Photo:Kiyonori Hasegawa(すべて)

『ラ・シルフィード』
『ラ・シルフィード』は、かつてフィリッポ・タリオーニの振付で1832年にオペラ座が初演して人気を博したロマンティック・バレエの名作だが、その後レパートリーから消えてしまった。これを復元・振付したのがピエール・ラコットで、1972年の初演以来、オペラ座の代表的な演目として定着している。スコットランドの農村を舞台に、エフィーとの結婚式を控えた青年ジェイムズと、空気の精のラ・シルフィードとの幻想的な恋を描いた作品だが、繊細かつ複雑な脚さばきや空気の精たちの軽やかなステップなど、高度のテクニックが求められる難度の高い作品でもある。

tokyo1704b_6196.jpg 『ラ・シルフィード』Photo:Kiyonori Hasegawa

初日のキャストは、ラ・シルフィードを踊るのは初めてというミリアム・ウルド=ブラーム、ジェイムズは何度も踊っているというマチアス・エイマン、エフィー役はエトワールになりたてのレオノール・ボラックという魅力的な組み合わせだった。
ウルド=ブラームは、眠っているジェイムを見つめるうっとりした眼差しや、腕や身体のわずかな動きで彼へのいとおしさを匂い立たせていた。上体を傾けたポーズがはかなげで、可憐な妖精という雰囲気。エフィーとの間に割って入ってしまうのも、ジェイムズへの募る思いからと納得させた。森のシーンでは、心をはずませて空中を漂うように飛び、柔らかに着地。羽が抜けて息絶えていく様が哀しみを誘った。エイマンとの息もぴったり合い、初役とは思えない演技だった。
エイマンのジェイムズは、婚約者エフィーへの思いは変わらないのだが、ラ・シルフィードという魅惑的な異界の存在への好奇心に憑かれてしまい、結婚指輪を奪った彼女を追って未知の世界に入り込んでしまうという役作りだった。抜群のテクニックの持ち主だけに、第1幕、2幕を通じて、足先まで神経を行き届かせ、身体のコントロールも見事に、多彩なジャンプや回転技を次々に鮮やかにこなしていく様は爽快だった。音楽と見事に一体になっていたのも印象に残った。

tokyo1704b_5627.jpg 『ラ・シルフィード』Photo:Kiyonori Hasegawa tokyo1704b_6259.jpg 『ラ・シルフィード』Photo:Kiyonori Hasegawa

ボラックが演じたエフィーは素直で可愛らしく、幸せ一杯の心を踊りから溢れさせていた。それが不安や不信感を抱き、戸惑い、悲嘆に至るプロセスを、ジェイムズとのやりとりを通じて丁寧に表現した。また、エフィーとジェイムズの踊りにラ・シルフィードが入り込むパ・ド・トロワは、ジェイムズがどちらも愛おしむように絶妙のタイミングで交互にサポートする様に、生身の人間と妖精の間で揺れ動く彼の心象が克明に映し出されており、これまでにない緊迫感を覚えた。
ほかのダンサーでは、お祝いのパ・ド・ドゥを踊ったフランソワ・アリュの軽快な脚さばきが印象に残った。シーンごとの群舞も、それぞれの特色が明確で見応えがあった。第1幕の青年や娘たちの快活な群舞には素朴な民族色があふれ、第2幕の冒頭で魔女マッジ(アレクシス・ルノー)の手下たちが闇の中を飛び回る様は、強靱なだけでなく、妖怪のような凄みを感じさせた。対照的に、シルフィードたちがたおやかに舞うシーンは、フォメーションの美しさもあり、神秘的な雰囲気で舞台を満たした。主役や脇役の演技から群舞にいたるまで、パリ・オペラ座ならではの、極めて完成度の高い舞台だった。
(2017年3月2日 東京文化会館)

tokyo1704b_5850.jpg 『ラ・シルフィード』Photo:Kiyonori Hasegawa

〈グラン・ガラ〉
演目は、ジョージ・バランシンがバレエ・シアター(現アメリカン・バレエ・シアター=ABT)のために振付けた『テーマとヴァリエーション』(1947年)と、ジェローム・ロビンズがナタリア・マカロワとミハイル・バリシニコフのために振付けた『アザー・ダンス』(1976年)、そしてミルピエがオペラ座バレエ団の芸術監督に就任する以前に委嘱を受けて振付けた『ダフニスとクロエ』(2014年)。
3作品とも、音楽を視覚化したような振付が特色といえそうだ。また、ニューヨーク・シティ・バレエ(NYCB)で活躍したことも3人に共通している。実際、ロビンズはバランシンに招かれてABTからNYCBに移り、ミルピエはフランス生まれだがダンサーとしてスタートしたのはNYCBで、バランシンやロビンズの作品を踊った。振付家としてデビューしたのは2001年である。

tokyo1704b_9176.jpg 『テーマとヴァリエーション』Photo:Kiyonori Hasegawa
tokyo1704b_9210.jpg 『アザー・ダンス』Photo:Kiyonori Hasegawa

最初に上演されたのは、チャイコフスキーの『管弦楽組曲第3番』の第4楽章を用いたバランシンの『テーマとヴァリエーション』。プティパに代表されるロシアの古典バレエの様式を喚起させる振付が特色で、シャンデリアがいくつも吊されたステージで、メインのカップルとコール・ド・バレエによる典雅な踊りが繰り広げられた。
初日のカップルのミリアム・ウルド=ブラームとマチアス・エイマンは、さながらオーロラ姫とデジレ王子。ウルド=ブラームの端正な身のこなしや優雅なフェッテ、エイマンの伸びやかな跳躍やピルエットなど、すべてにおいて古典のエレガンスを体現していた。女性群舞や男女のペアによる群舞など、均整の取れたフォメーションの変化も美しかった。
ロビンズの『アザー・ダンス』は、ショパンのマズルカ4曲とワルツ1曲を舞台の上で弾くピアニストと掛け合うように、男女のペアがソロやデュエットを踊るという趣向。出演したのはリュドミラ・パリエロとジョシュア・オファルトで、目と目を交わして感情を伝え、物憂げに、また楽しげに、流れるように踊り繋いでいった。リズミカルにジャンプするオファルト、しなやかに上体をそらして踊るパリエロ。これで、さらに深い抒情性を醸し出せればと思った。

tokyo1704b_9230.jpg 『アザー・ダンス』Photo:Kiyonori Hasegawa tokyo1704b_9964.jpg 『ダフニスとクロエ』Photo:Kiyonori Hasegawa

最後を飾ったのはミルピエの斬新な『ダフニスとクロエ』。オリジナルは、ギリシャ神話の恋物語を題材に、ラヴェルがバレエ・リュスのために作曲した音楽にミハイル・フォーキンが振付けた1912年の作品。
主人公は恋仲の山羊飼いのダフニスと羊飼いのクロエで、この二人に、クロエに横恋慕するドルコンやダフニスを誘惑するリュセイオン、クロエを誘拐する海賊のブリュアクシスがからむが、最後はめでたく終わる。ミルピエは、これらの登場人物を用いながら、場面の設定や物語の展開を抽象化し、想像力をかき立てずにはおかないラヴェルの音楽に即したダンスで雄弁に語らせ、革新的な『ダフニスとクロエ』を作り上げた。ダフニスやクロエらの流麗な踊りや、なだれるように動く群舞の重層的な扱いなど、高揚する音楽に相まって作舞も冴え、観ていて圧倒された。円形や正方形、長方形のオブジェを様々に組み合わせて変幻自在にシーン形成したダニエル・ビュランの斬新な装置も目を奪った。ミルピエの構想に寄り添ったものなのだろう。青や赤などの照明で海や太陽を象徴させたのも効果的だった。

tokyo1704b_9917.jpg 『ダフニスとクロエ』Photo:Kiyonori Hasegawa

初演時にタイトルロールを踊ったエルヴェ・モローとデュポンのペアが出演するというのが話題だったが、モローがケガをしたため新進のジェルマン・ルーヴェに代わった。2015年にエトワールを引退したデュポンだが、舞踊活動は続けているだけに、滑らかに身体を操り、躍動感にあふれる踊りで瑞々しくクロエを演じた。
ダフニス役を務めたルーヴェは、恵まれた容姿だけでなく、しなやかなジャンプや優美な身のこなしも魅力だった。ドルコン役のマルク・モローは凄みのある演技と踊りで恋人たちの邪魔をし、リュセイオン役のレオノール・ボラックは艶めかしい演技でダフニスに迫った。海賊ブリュアクシス役のフランソワ・アリュの豪快なジャンプと演技も印象に残った。
ルーヴェとボラックは昨年12月にエトワールに任命されたばかりで、アリュはプリミエ、モローはスジェ。若手が大活躍した舞台だったが、ミルピエの作風に合っていたようで、若いエネルギーの燃焼度は高かった。デュポンの指導の下、彼らが今後どのように成長するか、楽しみになった。最後に、『ダフニスとクロエ』での、マクシム・パスカル指揮の東京フィルハーモニー交響楽団と栗友会合唱団の力演にも触れておきたい。
(2017年3月9日 東京文化会館)