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関口 紘一 text by Koichi Sekiguchi 
[2017.01.10]

川端康成の『眠れる美女』をオペラ化し、エロスと死が共鳴する鮮烈な舞台を創った

東京文化会館(東京文化会館55周年・日本ベルギー友好150周年記念)
オペラ『眠れる美女〜House of the Sleeping Beauties』
川端康成:原作、クリス・デフォート:作曲、ギー・カシアス:演出、シディ・ラルビ・シェルカウイ:振付

ノーベル賞受賞作家、川端康成の1960年の小説『眠れる美女』。川端が61〜62歳の作家として充実した時期に書いたこの小説は、特異な設定のもとに描かれたものとして知られる。
それは、すでに男性ではなくなった老人だけが会員である、睡眠薬で眠らされ決して目覚めない全裸の処女と添い寝することができる、という秘密の宿が舞台。そこで過ごす、実は男性の機能がまだ残っている67歳の主人公、江口老人の物語である。
江口老人はこの宿の夜の床で、全裸の処女の肌に触れ、過去の女性体験を回想し、女性の処女性、母性、娼婦性を追体験する。そして、生と老いと死について様々に思いを巡らしていく。簡単に言うと原作小説はそう言った内容である。また、川端康成は舞踊に関心があり、『舞姫』などを書いた小説家であることも付記しておきたい。

tokyo1701c_01.jpg 第1夜:伊藤郁女
(C) 写真:ヒダキトモコ 提供:東京文化会館(すべて)

 

『眠れる美女』は、多くの芸術家にインスピレーションを与え、海外で3回、国内で2回映画化され、ペルーのバルガス・リョサやコロンビアのガルシア・マルケスという二人のノーベル賞作家も触発された小説やエッセイなどを書いている。とはいえ、この小説をオペラにしようという発想には少々驚いた。しかし、2009年には、ベルギーのゲント市に拠点を置くLODというオペラ制作を主体とする団体が、オペラ『眠れる美女』をブリュッセルの王立モネ劇場で初演していた。モネ劇場といえば、かつてはモーリス・ベジャールの20世紀バレエ団の本拠地であり、ゲント市といえばアラン・プラテルの les ballets C de la B (伊藤も参加したことがある)の拠点、というとなんとなくその芸術的土壌がうっすらと感じられなくもない。

一幕物オペラ『眠れる美女』(原語は英語、日本語台詞、字幕付)は、音楽と歌唱はもちろん、ダンス、台詞芝居、映像、舞台美術、照明を巧みに組み合わせて美しい舞台を構成している。原作小説は五夜を描いているが、オペラでは三夜となっている。
舞台構成は、主人公(江口由夫)は長塚京三、秘密の宿の女将は原田美枝子が演じ、二人のやりとりは日常的な現実として台詞劇で演じられる。主人公の歌はバリトンのオマール・エイブライム、眠れる美女はソプラノのカトリン・バルツが歌う。
ト書きは四人の女性コーラス(原千裕、林よう子、吉村恵、塩崎めぐみ)が表す。そして眠れる美女の身体表現は、舞台天に設えられた空間で伊藤郁女が終始踊っていた。振付はシディ・ラルビ・シェルカウイ、伊藤郁女(第3夜)。ダンスは身体が拘束されて踊る。これは美女が深い眠りの中にあることを表し、夢の中の微妙な情感を形象し江口老人の幻想と共振する。そしてエロスの香りを密やかに立ちのぼらせるのである。
作曲のクリス・デフォートは、ジャズ・ピアニストであり、現代音楽も手がけているというが、かなり起伏の激しい曲でありながら、劇伴的な効果も果たしているようだった。(演奏は東京藝大シンフォニエッタ)

tokyo1701c_02.jpg 第1夜:長塚京三・伊藤郁女・バルツ tokyo1701c_03.jpg 第1夜:長塚京三・伊藤郁女
tokyo1701c_06.jpg 第2夜:長塚・バルツ・エイブライム・伊藤

舞台は深紅の幅広いフレームで囲まれ(原作では深紅のビロードのカーテンで囲まれた部屋となっていて胎内を連想させる)ており、背景には、色彩豊かだが抽象的な模様だったり、宿の外の紅葉や霙、雨などの自然も映像で表している。江口老人の老いもまた「自然」であり、外界と呼吸している。
主人公は裸体の眠れる美女に添い寝して、女性についてあるいは老いについて死について、激したり諦念したり欲望を覚えたりしながら次第に孤独に陥る。そして思い出の中の母の死から、現実の眠れる美女の死と遭遇する。
当初は少し危惧したが、それぞれのパートが明解で思いの外、解りやすかった。音と光りと映像とヴィジュアルと演技とダンスが様々に共鳴して、処女の裸体と向き合う老人のエロスと死の意識がその魂を照らして、鮮やかに浮かびあがらせたのは見事だし、川端康成の美意識も映されていたと思う。ただ、敢えて言うと、あまりにきちんと分解されすぎていて、逃れることのできない「魔界」に堕ち込んだ、と言う印象は感じられなかったが。
公演パンフレットでは川端康成の研究者、福田淳子がギー・カシアスとクリス・デフォートにインタビューし、興味深い解説を書いており、この校にも参考にさせていただいた。
(2016年12月10日 東京文化会館 大ホール)

tokyo1701c_04.jpg 第2夜:伊藤郁女 tokyo1701c_05.jpg 第2夜:伊藤郁女
tokyo1701c_07.jpg 第3夜:伊藤郁女 tokyo1701c_08.jpg キャプション
(C) 写真:ヒダキトモコ 提供:東京文化会館(すべて)