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佐々木 三重子 text by Mieko Sasaki 
[2016.12.12]

豪華で美しい夢のような『シンデレラ』、ドラマティックで独創的な『ラ・バヤデール』、K バレエカンパニー公演

K バレエカンパニー
『シンデレラ』『ラ・バヤデール』熊川哲也:演出・振付

熊川哲也率いるKバレエカンパニーが、Autumn2016として、『シンデレラ』と『ラ・バヤデール』を相次いで上演した。ファンタジー豊かな『シンデレラ』は、2012年、熊川がBunkamuraオーチャードホールの芸術監督就任記念に初演した作品。スペクタクル性に富む『ラ・バヤデール』は、2014年、カンパニーの設立15周年記念に、プティパの原振付を元に手掛けたプロダクションである。それぞれの主要な役には、ベテランだけでなく有望な若手も起用した3組のキャストが用意された。『シンデレラ』は、カンパニーの精鋭、中村祥子と遅沢佑介が組んだ日を、『ラ・バヤデール』は躍進目覚ましい新進、矢内千夏と山本雅也が主演した日を観た。

tokyo1612b_ALB4438.jpg 「シンデレラ」photo/Shunki Ogawa

『シンデレラ』
熊川版では、大きく歪められたシンデレラの家と、輝くばかりのシンメトリーの宮殿との落差が幻想性を高める舞台(舞台美術:レズリー・トラヴァース)で、シンデレラと王子の清純な愛がスピーディーな展開で紡がれていく。登場人物の設定や、四季の精をバラやキャンドルの精に変え、舞踏会では独創的なダンスを織り交ぜるなど、さまざまな所に熊川の独創的なアイデアが見て取れた。

ヒロインを演じたのは、熊川版の『シンデレラ』は初めてという中村祥子。恵まれたプロポーションの持ち主で、海外での舞台経験も豊富なだけに、端正な踊りに加え、細やかな演技が秀逸だった。どんなに継母や義姉たちに意地悪されても、めげずに心を強く持ち直すし、どんなに暴力をふるわれても、ポアントのつま先を美しく保ち、踊りが乱れることもない。母の肖像画や箒を手にした時のちょっとした仕草が身体のつぶやきとなって、雄弁に心の内を語っていたのもさすが。王子とのパ・ド・ドゥではしなやかな身のこなしが冴え、完成度の高い踊りで品格を感じさせた。遅沢佑介が演じたのは、メルヘンの世界から抜け出てきたような王子さま。俗なものを全く寄せ付けない。容姿も心も美しいシンデレラに魅了され、彼女のステップに寄り添い、優しくサポートし、自身の心の高揚をやわらかだがダイナミックなジャンプで伝え、余裕すら感じさせた。

脇役陣も揃っていた。初演時から継母役を務めているルーク・ヘイドンは、いじめぶりも板につき、舞踏会では目を付けた男性を追い回すなど、傍若無人ぶりを滑稽に演じて存在感を示した。わがままで意地悪な義姉を演じた山田蘭と岩渕ももは、性格の悪さを丸出しにしたような可笑しな踊りを器用にこなしていた。派手な衣装で現れるバレエ教師を演じたのは伊坂文月。優雅さとは真逆の珍妙なダンスを義姉たちに手ほどきして笑わせた。仙女(西成雅衣)はシンデレラを優しさで包み込み、4人の妖精と共に美しく着飾らせて舞踏会へと送り出すが、シンデレラが馬車で宮殿に向かうシーンは夢のように美しかった。

舞踏会では、場を盛り上げながら義姉たちの相手も務めて軽妙な踊りをみせた道化師役の井澤諒と兼城将や、鎧兜に身を固め、コミカルに自己アピールを競い合った大小の騎士役の栗山廉と矢野政弥が目についた。王子のシンデレラ探しに、継母が偽のガラスの靴を作らせるというユニークなエピソードを盛り込み、王子とシンデレラの再会につなげた。ラストの、ゴージャスな衣装に着替えた二人が長いケープの裾を引いて宮殿に向かうと、祝福するように流れ星が一筋の尾を引くシーンは、まさに夢の世界へ誘うような美しさだった。
(2016年10月28日 オーチャードホール)

tokyo1612b_ALB0832.jpg 「シンデレラ」中村祥子、遅沢佑介 photo/Shunki Ogawa

『ラ・バヤデール』
『ラ・バヤデール』は、愛し合う舞姫ニキヤと戦士ソロルに大僧正や領主の娘ガムザッティが絡み悲劇を招くという、古代インドが舞台の異国情緒豊かな作品。ソロやデュエットのほか、「影の王国」の群舞など、多彩な踊りで彩られている。
熊川版の特色はニキヤ絶命後の展開にある。例えば、阿片を吸ったソロルがニキヤの幻影を追って「影の王国」に入り、そのまま黄泉の国へ旅立つこと。婚礼のため寺院を訪れたガムザッティがソロルの死を確かめようと近づいた途端、ニキヤの化身の白蛇に噛みつかれて死ぬこと。寺院の崩壊を神の怒りではなく天変地異によるものにしたこと。崩壊後にブロンズ・アイドルが現れ、踊りで全てを浄化すること。黄泉の国で結ばれるソロルとニキヤの幸せそうな姿を見せて終わるが、救いを暗示する幕切れに熊川らしさを感じた。また、4体の巨大な神像を配した幕開けの寺院のセットで瞬時に観る人を物語の世界に引き込むなど、装置も見応えがあった(舞台美術・衣装:ディック・バード)。

tokyo1612b_ALB1350.jpg 「ラ・バヤデール」矢内千夏、山本雅也 photo/Shunki Ogawa

ニキヤ役の矢内千夏は今年5月に『白鳥の湖』で主役デビューしたばかりで、ソロル役の山本雅也にとっては初の全幕ものの主役。大抜擢だが、それだけ熊川の期待が大きいのだろう。熊川はソロルを中心に全体を構想したというだけに、山本の演技が注目された。山本はすらりと伸びた脚が美しく、勇壮というより高貴な戦士の雰囲気。やわらかな脚さばきが強みで、スケールの大きなジャンプが随所で際立った。領主にガムザッティとの婚姻を望まれて動揺するが、ガムザッティの美貌に魅せられて迷わず承諾するあたりの心の動きを、分かりやすく伝えた。婚約の宴で舞うニキヤに心を痛め、毒蛇に噛まれた彼女を見限る苦しみも感じ取れたが、もっと強く表現しても良いと思った。「影の王国」では、伸び伸びとした爽やかなステップで、ニキヤへの純粋な思いを表していた。

矢内は聖なる火に捧げる舞いを楚々として踊った。大僧正のしつこい求愛に困惑しながら決然と拒否する様に、愛する人の存在をうかがわせた。ソロルとの密会では、リフトされるたびに喜びが増し、愛が高まっていくのが見て取れた。婚約の宴に召されて踊るが、矢内の細身の身体は痛々しく、キビキビとステップを踏む姿は悲しみをまとっていた。ソロルから受け取った花籠を、毒蛇が隠されているとは知らずに抱え、幸福感に浸って踊る姿と対比をなしていた。「影の王国」では、静謐さをたたえてソロルと向き合い、丁寧に動きを紡いでいった。体の軸がぶれないのが強みのようで、どんな回転も安定感をもってこなしていたが、上体の動きはやや硬そうに思えた。

tokyo1612b_ALB1456.jpg 「ラ・バヤデール」篠宮佑一 photo/Shunki Ogawa

ガムザッティは中村春奈。既に経験済みの役だが、領主の娘としての高慢さやソロルへの恋心の表現が今ひとつだったのが惜しい。特にニキヤにソロルをあきらめるよう迫るシーンでは、もっと火花が散るようなやりとりを見せて欲しかった。婚礼の宴では卒のない踊りを見せたが、やや小さくまとめてしまった感がある。
大僧正は、ニキヤとソロルの仲を領主に密告するなど、ドラマを動かす重要な役。ベテランのスチュアート・キャシディが、迫力あるマイムでしたたかに演じた。ブロンズ・アイドルを踊った篠宮佑一は豪快なジャンプを披露したが、紗幕越しなのでその迫力が幾分そがれてしまった。
群舞の見せ場は、やはり幕開けの拝火の儀式の舞いと「影の王国」の“白いバレエ”だろう。拝火の儀式として踊られる、マグダヴェヤ(兼城将)ら苦行僧たちによるパワフルなジャンプが織り込まれた荒々しい踊りと、ニキヤら巫女たちによる東洋的な腕の動きが特色の厳かな舞いが好対照を成していた。「影の王国」の女性群舞は、一人一人のポーズの美しさや整然としたフォメーションの動きが不可欠だが、よく揃っており、神秘的な雰囲気を湛えていた。
さて、今回の主役に抜擢された二人だが、瑞々しい演技で期待に応えたと思う。ただ、全体にまだ淡泊。これからどう深めていくか、見守りたい。
(2016年11月20日 東京文化会館)