ワールドレポート ~世界のダンス最前線~

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関口 紘一 text by Koichi Sekiguchi 
[2016.09.12]
♪バレエ昔も今も♪BALLET OLD AND NEW♪
今年、5月に江口隆哉 宮操子の振付・構成による『プロメテの火』(1950年初演)が復元された。その主役を、現在、振付家としてダンサーとして活躍している首藤康之と中村恩惠が主役を踊って、大いに注目を集めた。また、8月の末には橘秋子が台本から書き起こして振付けた『飛鳥物語』(1957年雅楽による初演、62年片岡作曲の音楽による初演)が、牧阿佐美の手によって『飛鳥』として生まれ変わり世界初演され、大きな反響を呼んだ。
かつて日本のダンスとバレエの先端を切り開いて、一つの方向を示した作品を現代の舞踊家が再び舞台に蘇らせたのである。この二つ作品は、テーマもヴィジュアル・イメージももちろん優れていたから、現代の観客の胸にも響いた。とりわけ、ビデオアートなどの新手法を採り入れ現代のファンタジーとした牧阿佐美の手腕は素晴らしい。しかし、この二つの作品が今日の舞台でも成功した大きな要因の一つは、私はやはり音楽が優れていたからだ、と思う。『プロメテの火』は伊福部昭が作曲したオーケストラスコアが新たに発見されて、初演時に演奏した東京交響楽団が演奏したものを使用している。『飛鳥』は片岡良和が未だ20代の頃に作曲した雅楽の音色を取り入れたシンフォニーであり、デヴィッド・ガルフォース指揮により演奏された。やはり舞踊作品の生命の一部は音楽が担っており、時代を超えて舞台を紡ぐことができるのは音楽である、と改めて認識させられた。

ミルピエに抜擢された期待の若手ダンサーとエトワールが渾然となって見事な舞台を現出した、エトワール・ガラ2016

エトワール・ガラ 2016 Aプロ、Bプロ
B.ペッシュ、E.アバニャート、A.アルビッソン、D.ジルベール、L.エケ、M.ガニオ、L.ボラック、A.ベザール、H.マルシャン、G.ルーヴェ、S.アッツオーニ、A.リアブコ:出演

パリ・オペラ座の最高位のダンサー、エトワールが主体となって舞台を構成する「エトワール・ガラ」は、今回が5回目の開催となった。アーティスティック・オーガナイザーとしてこの企画を2005年の初回開催より主導してきたバンジャマン・ペッシュは、今年の2月にアデュー公演を行い、エトワールとしてパリ・オペラ座に別れを告げた。今後ペッシュはオペラ座を離れ、振付家としての活動も視野に入れた芸術監督やプロデューサーの仕事を行なっていくそうだ。

tokyo1609a_0005.jpg 撮影・瀬戸秀美(すべて)
「グラン・パ・クラシック」

エトワール・ガラAプロ
まず、Aプログラム開幕は『グラン・パ・クラシック』、音楽はフランソワ・オーベール。15年3月にミルピエ監督が就任してから初めてエトワールに昇格したローラ・エケと、13年にセウン・パクとともに優秀な若手ダンサーに贈られるカルポー賞を受賞したジェルマン・ルーヴェが踊った。ガニオに続くオペラ座のダンスールノーブルと言われるルーヴェの無音の着地が、いっそう、観客の期待を高める。長身のペアの大きな動きがソフィステケートされて、格調高いラインを描いた。
ペッシュ振付、アントニオ・ヴィヴァルディ音楽の『スターバト・マーテル』は、2012年に「エトワール〜フランス・バレエのエレガンス」日本公演で世界初演された。その際、予定されていたが来日を果たせなかったエレオノラ・アバニャートがペッシュとともに踊った。黄金色に髪を染め、薄物のロングスカートを着けたアバニャート。光り輝く雰囲気の身体がマリアの純潔を表す。宗教画のような荘厳な体験を得た想いである。
ジョン・ノイマイヤー振付『シンデレラ・ストーリー』よりは、今回唯一ハンブルク・バレエ団から参加しているシルヴィア・アッツオーニとアレクサンドル・リアブコ。オレンジを象徴的に使って、シンデレラと王子の愛の喜びを踊った。ただ、このパートだけを見ると意外と普通の振付と感じられた。

tokyo1609a_0174.jpg 「カラヴァッジョ」より

マウロ・ビゴンゼッティ振付、モンテヴェルディ音楽の『カラヴァツジョ』よりは、やはり、ミルピエ監督の就任とともにば抜擢され、今年プルミエール・ダンスーズに昇格したレオノール・ボラックと、オペラ座を代表するエトワールの一人、マチュー・ガニオ。身体が絡みついたり離れたり密着度の高い独特の振付を、オペラ座のダンサーならではのゆとりのある身体の使い方によって巧みに踊った。
ケネス・マクミラン振付、チャイコフスキー音楽の『三人姉妹』よりパ・ド・ドゥ。14年に『オネーギン』のタチアナを踊ってエトワールに昇格したマルセイユ出身のアマンディーヌ・アルビッソンと、最近はフォーサイス、ミルピエ、スカーレットなどの作品で能力を発揮している、一際、長身のオードリック・ベザール。ベザールの帝国ロシアの軍服姿は悪くないが、イレク・ムハメドフをそれを見ているだけに完璧とまではいかなかった。しかし、ロシア人とはまた違った雰囲気も感じられたことも確か。アルビッソンはややふくよかで、流麗な踊りだが、張り裂けるようなドラマ性を表すにはもう一つだった。
エトワールとして見事な舞台を見せ、14年には母となったドロテ・ジルベールと15年カルポー賞、16年にはAROP賞を連続受賞した「気品ある踊り手」ユーゴ・マルシャンが『チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ』を踊った。ゆったりとしかし、バランシンのスピードはしっかりと踏まえて音楽と共振し、オペラ座風の見ごたえのある『チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ』だった。

 

 
tokyo1609a_0108.jpg 「スターバト・マーテル」 tokyo1609a_0162.jpg 「シンデレラ・ストーリー」より
tokyo1609a_0324.jpg 「チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ」 tokyo1609a_0394.jpg 「くるみ割り人形」より
tokyo1609a_0471.jpg 「クローサー」 tokyo1609a_0736.jpg 「アザーダンス」
tokyo1609a_0786.jpg 「アザーダンス」 tokyo1609a_0756.jpg 「アザーダンス」
tokyo1609a_1256.jpg 「瀕死の白鳥」

休憩後は、ヌレエフ版『くるみ割り人形』の第2幕グラン・パ・ド・ドゥから始まった。レオノール・ボラックとジェルマン・ルーヴェは、少しだけ身長差があったが、総じて豪華に踊って良かった。続いてバンジャマン・ミルピエ振付、フィリップ・グラス音楽の『クローサー』より。アバニャートとベザールがバランシンやロビンズの動きを発展させようとする、振付家の願いを現し踊った。転調を繰り返す音楽に、時にユニゾンを入れて動きにアクセントをつけた。元ハンブルク・バレエ団のプリンシパル、ディアゴ・ボアディンが振付けた『Sanzaru』は、日本の「見猿・言わ猿・聞か猿」の叡智に由来する作品だそうだ。アッツオーニとリアブコが薄手の黒い衣装で、かなり複雑な振付を踊った。音楽はフィリップ・グラスのヴァイオリン協奏曲。
ドロテ・ジルベールが踊った『瀕死の白鳥』は、死を確認するような、ドラマティックな「死」よりも静謐な雰囲気に力点をおいたもの。音楽はカミーユ・サン=サース。ウェイン・マクレガー振付、マーク=アンソニー・タネジ音楽の『感覚の解剖学』は、大きな動きを造形的に構成することに注力した作品。ローラ・エケとユーゴ・マルシャンの長身の二人は息が合っていた。

tokyo1609a_0928.jpg 「三人姉妹」より tokyo1609a_1040.jpg 「チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ」 tokyo1609a_1253.jpg 「Sanzaru」
tokyo1609a_1541.jpg 「ル・パルク」より tokyo1609a_1731.jpg 「See」 tokyo1609a_1964.jpg 「ロミオとジュリエット」
tokyo1609a_1890.jpg 「ロミオとジュリエット」

エトワール・ガラB
エトワール・ガラのBプロは、レオノール・ボラックとジェルマン・ルーヴェの『ラ・シルフィード』で始まった。ブルノンヴィルならではの軽快なステップで楽しい雰囲気が舞台に横溢した。音楽はヘルマン・レーヴェンショルド。ローラン・プティがジョセフ・コスマの曲を使ってプレヴェールの台本に振付けた初期の傑作『ル・ランデヴー』は、アマンディーヌ・アルビッソンとバンジャマン・ペッシュ。青年の情念に渦巻く、死と生の葛藤の中から世界1の美女という幻想が生まれる。ディモーニッシュな女、ナイフ、そして死。ブラッサイのパリの情景を写した大写真が青年の心理を浮かび上がらせていた。バランシン振付、ドリーブ音楽の『シルヴィアのパ・ド・ドゥ』はローラ・エケとユーゴ・マルシャン。バランシンの動きのラインの優雅さ、スピード感、アクセントが美しく動きを構成している。
Bプロでは、ヌレエフ版の『ロミオとジュリエット』の有名なシーン「マドリガル」(ボラックとルーヴェ)、「バルコニーのパ・ド・ドゥ」(ジルベールとマルシャン)、「寝室のパ・ド・ドゥ」(アルビッソン、ガニオ)、を続けて見せた。『ロミオとジュリエット』の物語自体は非常に良く知られているので、この3つのシーンだけを見ても全体の物語を感じることができる、というおもしろい試みだった。しかし、3つのパ・ド・ドゥを続けてみると、私にはヌレエフ振付に強引さが感じられて気になってしまった。少女ジュリエットの初々しい情感よりも、若さの衝動のリアリティを追及しているような点も少し違和感を感じた。プロコフィエフの音楽がたいへん説得力があり多くを語っているのだから、もっと音楽と寄り添うような振付が望ましいのではないだろうか。ヌレエフの振付もかつては新鮮に感じられたかもしれないが、時が過ぎてしまうと、少々、白々しく見えてしまう。
グスタフ・マーラーの交響曲第5番第4楽章に、ローラン・プティが振付けた『病める薔薇』より。エレオノラ・アバニャートとオードリック・ベザールが踊った。ウイリアム・ブレイクの詩を題材とした作品で、美しいものが次第に息絶えていく様を現した凄絶なしかし甘美な「衝撃」を垣間見ることができた。
ノイマイヤーが振付けた『人魚姫』第1幕よりパ・ド・ドゥ、音楽はレーラ・アウエルバッハ。アッツオーニとリアブコが踊った。ダンサーがステップを踏む足を人魚の姿にして拘束してしまう、というおもしろさに終始意識が捉えられていた。アイディアが印象的な作品である。
英国の新進気鋭の振付家リアム・スカーレットの『With a Chance of Rin』日本初演は、セルゲイ・ラフマニノフの「10の前奏曲」と「幻想小品集」の一部に振付けたもの 。ピアノは久山亮子。
ローラ・エケとオードリック・ベザール、ドロテ・ジルベールとマチュー・ガニオの2組のペアが踊った。黒と白のペアがピアノ曲とともにデュエットを踊る、光りと影のモノトーンを抒情的に表した独特の雰囲気を持つ振付だった。
ラスト曲は、Aプロと共通の演目でアンジェラン・プレルジョカージュ振付の『ル・パルク』より「解放のパ・ド・ドゥ」。音楽はモーツァルトで、エレオノア・アバニャートとバンジャマン・ペッシュが踊った。ペッシュが今年2月の「アデュー公演」に選んだ演目である。愛に纏わるあらゆる虚飾を捨てて「解放」に至ったキス&振り回しのシーンが有名だ。
伝統あるパリ・オペラ座のエトワールが主体となって踊った舞台だけに、上質の文化の洗礼を受けたかのような、なかなか味わい深い公演だった。
(2016年8月3日、8月6日 オーチャードホール)

tokyo1609a_2054.jpg 「病める薔薇」 tokyo1609a_2169.jpg 「人魚姫」第1幕より tokyo1609a_2226.jpg 「With a Chance of Rain」
撮影・瀬戸秀美(すべて)