ワールドレポート ~世界のダンス最前線~

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関口 紘一 text by Koichi Sekiguchi 
[2016.02.10]
♪バレエ昔も今も♪BALLET OLD AND NEW♪
日本女子体育大学舞踊学専攻の卒業公演を観た。大学四年間に学んだ成果を発表する舞台だが、それに加えて「卒業」公演という独特のイベント性があり、ダンサーたちへのかけ声も終始飛び交って、大いに盛り上がっていた。
卒業する生徒の有志によるものが3作品、舞踊学専攻推薦の2作品と6研究室の生徒がそれぞれ振付けた作品を踊る舞台だった。モダンダンス、コンテンポラリー・ダンス、タンゴ、シアター・ダンスなどに類すると思われる作品が、次々と踊られた。音楽も現代音楽からタンゴ、モダンジャズ、GAGA、三弦までバラエティーに富んでおり、踊ることへの情熱が様々な音の世界へと触覚を伸ばしていることが感じられた。
舞台には若いエネルギーが横溢し、実に圧巻だった。どんな動きを見せても----たとえありきたりの動きであっても----それが描く描線自体が若々しく躍動している。やはり、ダンスと若さには切り離すことのできないものがあるのだ、と改めて再認識させられた。
表現しようとしているもの自体には若干の弱さが無いわけではない。しかし、踊ることの根底に迸る無限ともみえる活力には、正直、勇気づけられた。彼女たちがさらに、将来、大きく花開けば日本のダンスの明日は明るく輝くことは間違いない。

エルヴェ・モローとヴィラドムスによる豊かで成熟した「音楽とダンスのマリアージュ」

"Stars in THE MOONLIGHT" Hervé Moreau, Jorge Viladoms
「月夜に煌めくエトワール」エルヴェ・モロー、ジョルジュ・ヴィラドムス
『煌めくエトワール』エルヴェ・モロー:振付、『トリスタンとイゾルデ』より「愛のパ・ド・ドゥ」ジョルジオ・マンチーニ:振付、『ツクヨミ』中村恩恵:振付、『それでも地球は回る』ジョルジオ・マンチーニ:振付、『瀕死の白鳥』ミハイル・フォーキン:振付、『月の光』イリ・ブベニチェク:振付、ピアノ演奏:ジョルジュ・ヴィラドムス、ヴァイオリン演奏:三浦文彰

『煌めくエトワール』エルヴェ・モロー:振付、『トリスタンとイゾルデ』より「愛のパ・ド・ドゥ」ジョルジオ・マンチーニ:振付、『ツクヨミ』中村恩恵:振付、『それでも地球は回る』ジョルジオ・マンチーニ:振付、『瀕死の白鳥』ミハイル・フォーキン:振付、『月の光』イリ・ブベニチェク:振付、ピアノ演奏:ジョルジュ・ヴィラドムス、ヴァイオリン演奏:三浦文彰

tokyo1602a_0456.jpg 「煌めくエトワール」ジルベール、モロー
撮影/瀬戸秀美(すべて)

パリ・オペラ座バレエのエトワール、エルヴェ・モローとスイスを拠点にヨーロッパで活躍するピアニスト、ジョルジュ・ヴィラドムスが出会い、音楽とダンスが対等の関係で融合する公演として企画した舞台。ヴィラドムスが祖国メキシコの貧しい子供たちに音楽を学ぶチャンスを与えるために設立した、クレッシェンド音楽財団の趣旨にも賛同を得て、まず、ニューヨークのカーネギー・ホールからスタートし、昨年6月には、スイスのジュネーブでも開催された、という。
モローとヴィラドムスが協力してプログラムを編成し、「音楽とダンス、どちらにも同じくらいの重要性を持たせた”ダンス・コンサート”」としている。タイトルはオーストリアの詩人ヨハン・ガブリエル・ザイドルの「さすらい人の月に寄せる歌」という詩にインスパイアされて付けたそうだ。

開幕は、ジュール・マスネの「タイスの瞑想曲」をエルヴェ・モローとドロテ・ジルベールが踊る『煌めくエトワール』。ジュネーブ公演の際にモローが振付け、イザベル・シアラヴォラと初演してもので、日本初演となる。ヴァイオリンは三浦文彰、ピアノはヴィラドムス。
開幕からこのパフォーマンスの豊かで深くしっとりとしたスピリットを伝える演目である。ゆったりとした柔らかな月の光りの温もりを表すかのように、成熟した大人の雰囲気をじっくりと醸す。いっそうほっそりとしたドロテ・ジルベールと理想のスタイルのモローの美しいヴィジュアル。そして月の光の中で恋人たちがたゆたうようなデュエットだった。
イザイの「無伴奏ヴァイオリン・ソナタ」(ヴァイオリン/三浦文彰)、ポンセの「メキシカン・バラード」(ピアノ/ヴィラドムス)が演奏された。

tokyo1602a_0086.jpg 「トリスタンとイゾルデ」ジルベール、ガニオ

続いて上演されたジルベールとマチュー・ガニオによる『トリスタンとイゾルデ』より「愛と死のパ・ド・ドゥ」は、ワーグナーの同名の曲の「愛の死」のパート。ベジャールやマイヨーのもとで踊った経験を持つジョルジオ・マンチーニの振付で、日本初演である。
ジルベールは白い薄物のショールを纏って、肌色のショートパンツのガニオと踊った。媚薬に惑わされた愛が、それゆえに激しく燃え上がり、死すらも乗り越えて魂の結合へと進んでいく。
『ツクヨミ』は、モローが日本公演のために、日本神話の月の神をモチーフにした演し物を、というアイデアを出し、中村恩恵に振付を依頼したもの。
立ち姿だけでも価値のあるモローのソロである。韻韻と背景に映し出されている大きな満月が昇り始めてから沈むまで、アルヴォー・ペルトの月の雫が滴り響くような「アリーナのために」にとともに踊られる。着物の袂のついた薄物の袖を着け、白いパンツは縮みのような伸縮自在のソフトな感触の素材。モロー自身の身体に備わったリズムを生かし、中村恩恵らしい、ロングショットで人類を見つめる視線のある洗練された振付だった。

tokyo1602a_0124.jpg 「トリスタンとイゾルデ」 tokyo1602a_0135.jpg 「トリスタンとイゾルデ」
tokyo1602a_0229.jpg 「ツクヨミ」エルヴェ・モロー tokyo1602a_0573.jpg 「ツクヨミ」 tokyo1602a_8750.jpg 「ツクヨミ」

休憩の後は、マチュー・ガニオのソロ『それでも地球は回る』。アントニオ・ヴィヴァルディのオペラ『バヤゼット』より「私はないがしろにされた妻」にマンチーニが振付けた。ヴァイオリンは三浦文彰、ピアノはヴィラドムス。鮮やかなオレンジ色の上衣に黒いショートパンツのガニオ。女性であることの孤独とその存在の永遠を踊ったかに見えた。ガニオのダンスが醸す独特の空気を舞台に創造していく過程が感じられた魅力的な舞台だった。
カミーユ・サン=サーンスの「序奏とロンド・カプリチオーソ」(ヴァイオリン/三浦、ピアノ/ヴィラドムス)が演奏された。
そして舞台は、ドロテ・ジルベールの『瀕死の白鳥』となった。彼女の『瀕死の白鳥』は、静かに死を受け入れる心を踊っている。死と対決する激しく厳しい姿勢はなく、諦念に近い揺るぎない心が静かに終焉を向かえる様を落ち着いて踊り、逆に白鳥の生を浮彫りにした。
リストの「バラード」(ピアノ/ヴィラドムス)演奏。
最後の演し物は、クロード・ドビュッシーの曲『月の光』にイリ・ブベニチェクが振付け、モローが踊った。白いシースルーの上衣に白いパンツ。ピアノのすぐ下にゆったり腰掛けていたモローが立ち上がり踊り始める。緊張感を漲らせて集中を高める、というよりも、どちらかといえばリラックスした稽古場で見せるような動き。時折、ピアニストに視線を投げかけ、思い直してまた踊る。そんな雰囲気が月光の緩やかな柔らかさと呼応するかのようだった。最後は再びピアノの傍らに身体を休めて幕となった。
カーテンコールは、シナトラの「フライ・ミー・トウ・ザ・ムーン」が流れ、この舞台の本番に至るまでのリハーサル写真がモノクロームでスライドショーされて、さよなら、となった。
最近は、声高に唱えられることの多い「音楽の視覚化」。それを唱えている人の言葉から響く「音楽」の味気ない貧しさに辟易していただけに、このモローとヴィラドムスによる豊かな音楽とダンスの「マリアージュ」に、とても良い経験をさせてもらった気持ちになった。こうした大人の成熟した心は、とりわけ日本のダンスの舞台にとって貴重のものなのだ、と痛感させられたのである。
(2016年1月10日 オーチャードホール)

tokyo1602a_0244.jpg 「それでも地球は回る」
マチュー・ガニオ
tokyo1602a_0673.jpg 「それでも地球は回る」
マチュー・ガニオ
tokyo1602a_0423.jpg 「月の光」
エルヴェ・モロー
tokyo1602a_0733.jpg 「瀕死の白鳥」
ドロテ・ジルベール
tokyo1602a_0762.jpg 「瀕死の白鳥」
ドロテ・ジルベール
tokyo1602a_0718.jpg 三浦文彰
tokyo1602a_0329.jpg 「瀕死の白鳥」ドロテ・ジルベール tokyo1602a_0062.jpg ジョルジュ・ヴィラドムス