ワールドレポート ~世界のダンス最前線~

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関口 紘一 text by Koichi Sekiguchi 
[2016.01.12]

創造する人間の深い苦悩の深淵を覗かせた、ウヴェ・ショルツの『春の祭典』

「ストラヴィンスキー・トリプル・ビル」
『火の鳥のパ・ド・ドゥ』マルコ・ゲッケ:振付、『悪魔の物語』(兵士の物語より)ユーリ・ン:演出・振付、江上悠:振付、『春の祭典』ウヴェ・ショルツ:振付

20世紀を代表する音楽家であり、舞踊と深い関係を築いたことでも知られるイーゴリ・ストラヴィンスキーの音楽による、三つのダンスが上演された。主催したのは愛知芸術劇場とスタジオ アーキタンツ。東京、名古屋、熊本で上演された。

tokyo1601e02.jpg 「春の祭典」アレクサンダー・ザイツェフ
撮影/瀬戸秀美(すべて)

近年上演が相次ぎ評判となっているウヴェ・ショルツの振付による『春の祭典』が日本初演された。2003年にライプツィヒ・バレエ団により世界初演されたが、この時は50人ものダンサーが踊るオーケストラ・ヴァージョンと、2台のピアノの連弾によるソロが一夜の演し物として上演された、という。
今回は、ボリショイ・バレエからシュツットガルト・バレエ、英国ロイヤル・バレエなどで踊ったアレクサンダー・ザイツェフと中国国立バレエ出身の高比良洋がダブルキャストで踊り、初演を踊ったジョヴァンニ・ディ・パルマが振付指導にあたった。ディ・パルマは、ローマ歌劇場バレエからライプツィヒ・バレエのショルツの下でプリンシパル・ダンサーとして踊った。音源はCDだが、初演のライヴ演奏だったことにも意を尽くしてピアノが据えられ、奥には便器がポツンと置かれている舞台だった。

グランドピアノの中からダンサーが姿を現す映像が映されて、同時に現実のダンサーも舞台に登場する。音楽による幻想と現実の混交が、同じ時間軸によって表されていた。さらに楽譜の大写しや幼い頃のバレエを習う後ろ向きの映像、バレエの舞台あるいは『白鳥の湖』のオデットとおぼしきバレリーナと戯れる映像などが映されるが、その間、現実のダンサーは音楽とともに踊っており、それらはダンサーの幻覚と観客にはみえる。さらに幻覚はエスカレートし、嘔吐や売春、血とエロスが混濁して現れてくる。幻覚の中のオデットはいつの間にかオディールとなり、彼をなんども挑発する。次第に公衆トイレのような閉塞的な場所に追いつめられたダンサーは、ついには、舞台奥に据えられていたトイレの汚物を掴み出し、自らの顔に塗りたくり、映像の中の自身にも投げつけた。すると天から真っ赤な血のようなドロドロの液体が彼の全身に襲いかかる、というダンスだった。
美しいバレエを踊ろうとする自分と、その意識の中に密む醜い汚れた自身を徹底的にさらけ出す、といった究極の自虐的な苦悩の告白ともいえる凄まじいばかりの映像と踊りだった。アルコール依存症を患っていたとも伝えられるショルツの幻覚は、観客の眼前に迫り、真実を突き抜けてしまうのではないかと思われるほど強烈なまでのリアリティがあり、その創作の深い苦悩の深淵を垣間見せ、ついに肉体は犠牲として果ててしまうのである。
ショルツの苦しみに少しでも共感を感じていれば、とても「ブラボー!」などと脳天気なかけ声を発する気分にはなれないはずなのに、そう言う人間が一緒に混じっていたことには大いに驚いた。

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「春の祭典」アレクサンダー・ザイツェフ 撮影/瀬戸秀美
tokyo1601e06.jpg 「悪魔の物語」

ユーリ・ンの振付・演出および香港バレエ団で振付作品を発表している江上悠の振付による『悪魔の物語』。これは2004年に愛知芸術劇場で初演されたダンスオペラの改訂版。ユーリ・ンは香港でオーケストラ・ヴァージョンを上演しつづけていたという。
出演は小尻健太が兵士、酒井はなが女王と許嫁、津村禮次郎が語り手、ジョヴァンニ・ディ・パルマが悪魔という役どころと見えたが、特に役名とキャストは発表されていなかったので、必ずしもそのように設定されているのではないかもしれない。ヴァイオリンと弓はもちろんだが、登場人物と同じ数の椅子やヴァイオリンのケース、赤い紐などの小道具を使い、背景には台詞の大小の文字を流すように映した。ストラヴィンスキーの音楽的物語世界をそうした小道具や台詞文字を配して、モダンにアレンジして抽象化しておもしろく見せた舞台だった。

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「悪魔の物語」撮影/瀬戸秀美
tokyo1601e13.jpg 「火の鳥のパ・ド・ドゥ」

『火の鳥のパ・ド・ドゥ』は言うまでもなく、バレエ・リュスを率いたディアギレフがストラヴィンスキーに委嘱した音楽。原典の『火の鳥』はミハイル・フォーキンが振付けている。
ここではシュツットガルト・バレエ団のレジデンス・コレオグラファーであるマルコ・ゲッケの振付た作品が上演された。
『火の鳥』に登場する火の鳥と王子という二つのキャラクターを「ダンスをする鳥」と「舞うことのできる人」の出会いとして振付けられたもの。2014年2月にも日本で上演されている。酒井はなとアレクサンダー・ザイツェフが踊った。特に酒井はゲッケの動きを自身のものとして、見事に踊りこなしている。酒井には、これからも21世紀を担う振付家の作品を踊っていくことが期待される。
(2015年12月8日 草月ホール)

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「火の鳥」のパ・ド・ドゥ 酒井はな、アレクザンダー・ザイツェフ 撮影/瀬戸秀美