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川島 京子 text by Kyoko Kawashima 
[2015.11.10]

100年の時を超えて現代によみがえる牧神、牧阿佐美バレヱ団『牧神の午後』と『ジゼル』

牧阿佐美バレヱ団
『牧神の午後』ドミニク・ウオルシュ:振付、『ジゼル』牧阿佐美:振付

『牧神の午後』
バレエ・リュスのニジンスキーが初めて振付けた作品『牧神の午後』が、パリ・シャトレ座で上演されたのは1912年のこと。それまでのバレエの常識を覆したセンセーショナルな舞踊に会場は騒然となり、その混乱を鎮めるためバレエ・リュスの団長のディアギレフが、もう一度最初から上演させたことは伝説となっている。また、そのエロティックなラストシーンから「常軌を逸した見世物」と酷評され、大反響を巻き起こしたこと、そして、この作品を擁護したオーギュスト・ロダンが、ニジンスキーの印象を彫刻にしていたことも良く知られている。
それから100年あまりの月日が流れた現代。

tokyo1511b_0084.jpg 「牧神の午後」ラグワスレン・オトゴンニャム
撮影/山廣康夫(すべて)

ドミニク・ウォルシュ振付の『牧神の午後』は、ロダンの彫刻として100年間閉じ込められていた牧神が、その眠りから覚めるところより始まる。時空を超えた壮大な物語に思わず心惹かれる。
牧神は、まず動く身体という自由を取り戻す。しかし、それは、もはや20世紀初頭の身体にではない。21世紀の身体にだ。したがって、動きはバレエではなく、ニジンスキーの反バレエでもなく、完全なコンテンポラリー・ダンスのボキャブラリーで展開される。そして繰り返されるマラルメのテーマ。牧神はなおも、現代のニンフに魅了され、取り逃がし、孤独に自らの欲望をかなえる。人間の愛と欲望という普遍のテーマと、進化し続ける動きの様相という対比が絡み合う、実に興味深い作品であった。
このテーマを見事に体現したのは、牧神役のラグワスレン・オトゴンニャム。コンテンポラリー・ダンスのボキャブラリーを駆使して、陰鬱とした牧神の内面を描き切った。また、久しぶりに主演する田中祐子のニンフ役に注目が集まった。しかも、クラシックではなく、衣装もほぼ全裸という役柄。しかし、そこはさすがに田中祐子だ。牧神を陶酔させる美しさ、ドビュッシーの美しい音楽に際立つ透明感のあるエロティシズム、ニンフのリーダーとしての威厳も備え、見終わるころにはこれを演じられるのは、彼女以外にはいないとさえ思わされた。
カーテンコールにドミニク・ウォルシュ本人が出てきたのもうれしかった。

tokyo1511b_0148.jpg 「牧神の午後」田中祐子 tokyo1511b_0124.jpg 「牧神の午後」
茂田絵美子、オトゴンニャム、田中祐子

『ジゼル』
そしてメインのプログラムは、『ジゼル』。
牧阿佐美バレエ団では昨年上演したばかりであるが、今回は、1985年に初演された牧阿佐美版の復活となった。
『ジゼル』はフランス生まれのロシア育ちといわれる通り、演劇的要素が重視されるロマンティック・バレエでありながら、クラシック・バレエの要素も併せ持つ。つまりダンサーには完璧な表現と技術、その両方が求められる。そこがこの作品の難しさであり、人気の理由である。こうしたことから、ややもすると饒舌すぎる演技に陥りがちな作品であるが、牧阿佐美版は、多くを語らずあくまでも自然体。全体的に、すっきりとスピーディーな場面展開だ。

tokyo1511b_0768.jpg 「ジゼル」
撮影/山廣康夫(すべて)

そして、何より今回の『ジゼル』成功の鍵となったのは、極めて完成度の高いコール・ド・バレエだ。コール・ド・バレエは、そのバレエ団の質を如実に表す。その点、牧阿佐美バレエ団のコール・ド・バレエにはもともと定評があった。しかし、今回の『ジゼル』は第二幕のバレエ・ブランのみならず、第一幕から目を見張るものがあった。特に今回の『ジゼル』は音楽のテンポが非常に速い。その速いテンポのなかにも村人一人一人の細かな演技が際立ち、群舞では一糸乱れぬ統一感に鳥肌の立つような瞬間が何度もあった。第二幕のバレエ・ブランに至っては、ミルタを挟んで両脇から一歩また一歩と集まってくる緊張が張り詰める冒頭から、風のように一瞬で消え去る不気味さ、全員で正面を見つめる眼差しの恐ろしさ。これらはすべて、コール・ド・バレエの完璧な無重力性と統一性のなせる業だ。団員は一体どれだけの稽古を積んだのだろうか、そんなことを思わずにはいられなかった。幻想的という言葉を超えて、まさにこの世のものとは思えぬ「悪霊」そのものであった。
主役はベテランの青山季可と菊池研。菊池演じるロイス(アルブレヒト)は登場の瞬間からジゼルへの恋の喜びに満ち溢れ、観客を一気に引き込んだ。ジゼル役の青山も、特にヴァリエーションは印象的で、完璧な踊りの一方で終始ロイスを嬉しそうな眼差しで見つめながら恋の喜び、踊る喜びを体いっぱいで表現した。こうした二人の初々しく明るい幸福の表現が、その後の悲劇を際立たせたことは言うまでもない。
ぺザントは、今回の上演で再びパ・ド・ドゥに戻され、今、最も旬な二人、織山万梨子と清瀧千晴が、期待通りの安定した踊りで観客をわかせた。また、ヒラリオンのラグワスレン・オトゴンニャムはまさに当たり役だ。この作品のストーリーテラーであるヒラリオンの役割を完璧に理解した素晴らしい演技であった。
(2015年10月15日 文京シビックホール)

tokyo1511b_0289.jpg 「ジゼル」織山万梨子、清瀧千晴 tokyo1511b_0184.jpg 「ジゼル」青山季可、菊地研