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和田 優子 text by Yuko Wada 
[2015.10.13]

コレスニコヴァの迫真の表現と均整がとれ端正な動きのムンタギロフ、見応えあった『白鳥の湖』

サンクトペテルブルク・バレエ・シアター
『白鳥の湖』 マリウス・プティパ、レフ・イワノフ:原振付 コンスタンチン・セルゲーエフ:改訂振付

タッチキン・バレエの愛称で親しまれているサンクトペテルブルク・バレエ・シアターが、4年ぶりの来日公演を果たした。1994年、コンスタンティン・タッチキンにより設立された同バレエ団は、ロシアはサンクトペテルブルクを本拠地として活動するほか、欧州をはじめとしてアメリカやオーストラリア、南アフリカなどで公演を行ってきた。過去2回の来日公演をしているが、今回は、8月のロンドン公演を終えた後の訪日となった。
公演の看板は、プリマ、イリーナ・コレスニコヴァ。名門ワガノワ・バレエ・アカデミー出身で、数々の国際コンクールでも活躍した彼女は、2000年からプリンシパルとして『白鳥の湖』のオデット/オディール役などの主役を踊ってきた。以来、高い技術と演技力でバレエ団トップの座を守っており、3度目の来日である。

tokyo1510d_0645.jpg コレスニコヴァ、ムンタギロフ
撮影/瀬戸秀美(すべて)

今回の公演、ゲスト・ダンサーたちが前評判を高めた。
ワディム・ムンタギロフは、いま最も忙しく、最も世界で注目されるダンサーの一人。ファースト・ソリストを務めたイングリッシュ・ナショナル・バレエから、2011年、英国ロイヤル・バレエに移籍。端正なスタイルと甘い雰囲気の王子役で人気を博し、現在はプリンシパルとして踊りながらさまざまなバレエ団の公演にゲストとして参加、高い評価を得ている。もう一人はボリショイ・バレエの新進スター、デニス・ロヂキン。ロヂキンはコール・ド・バレエの一員としてボリショイ・バレエに入団後、抜擢されて期待に応え、たちまちリーディング・ソリストに昇進した。『カルメン』のホセ役としてスヴェトラーナ・ザハロワの相手役もつとめている。二人の男性ゲストダンサーは、ともにロシア出身の若き美形。全6公演は、すべて東京・渋谷のBunkamuraオーチャードホールで行われた。
この夜の演目は、コレスニコヴァの得意とする『白鳥の湖』。ジークフリート役はムンタギロフである。ロヂキンは前夜の9月2日にジークフリートを演じた。

tokyo1510d_0038.jpg 「白鳥の湖」第1幕

オープニングは紅葉する木々のもと、中世のお伽噺をそのままに絵のような背景。男性ダンサーたちは青紫を基調に、女性ダンサーたちは裾をピンクに縁取った衣裳で、生き生きと愉し気に踊り観客を宴へと引きこんでいく。
ジークフリートを演じるワディム・ムンタギロフは、登場からさすがの存在感を示す。長い流線型を描く首のラインが美しく、均整のとれたプロポーションに端正な動き、育ちの良さ気な表情がいかにも貴公子然としている。とりわけ立ち姿とその横顔の気品が光る。王子の友人役はキエフ・バレエ学校出身のミハイロ・トカチュク。見目の良い王子がトカチュクと語らう様子は陽気で若々しく、青春の雰囲気がよく出ていた。
第1幕の終盤、幸せであるはずの宴の中で孤独を感じたジークフリートは狩りを思い立った。
「明日の舞踏会に招いた王女の中から花嫁を選びなさい」、母の王妃にそう告げられ、プレッシャーを振り払うように弓矢を構えてみせる。ここでムンタギロフが見せた眼差しの演技は抑制のきいた美しさが際立ち、将来の王子を待ち受けるドラマを暗示している。
パ・ド・トロワには、ワガノワ・バレエ・アカデミーに留学後、サンクトペテルブルク・バレエ・シアターで活動する直塚美穂が登場。正確なテクニックで溌剌として踊った。まだ10代というが、第2幕の「小さい白鳥」でも安定した踊りを見せ、大きな期待を感じさせた。トカチュクも全体には安定したサポートだったが、部分的に若干のぎこちなさも垣間見えた。
第1幕・第3幕で道化を踊ったダンサーはロシア国立サンクトペテルブルク・バレエ・アカデミーから移籍してきたソリスト、アンドレイ・フェドルコフ。見事な跳躍力と音楽にのった踊りで舞台にメリハリをつけ、会場を沸かせた。

第2幕は冒頭から赤い月が怪しい光りを放つ。フリードリヒの絵画のようなの森の中、白鳥の登場である。舞台は冷たい湖畔の空気に覆われたかのように、硬く張り詰めている。オデットとなったコレスニコヴァは柔軟な背中、そして可動域の大き腕を巧みに動かし、繊細かつ雄弁な表現力を見せる。胸からほっそりした腰へのラインが飛び抜けて美しく、動くたびに思わず息を呑む。
緊迫感のある佇まいは数多のオデットに共通のものだが、コレスニコヴァは踊るにつれて能弁になる。ジークフリートに追われ、びくっと振り返って見返す目に小動物のような恐れが現れたかと思うと、哀れな身の上を切実に訴える。人間だった時のオデットは、意外に明るく活発な女性だったのかもしれない。そこまで想像させてるリアルな表現力がオデットにはあった。白鳥の野性と人間の女性の存在感を同時に表わして見せていたのだ。
オデットをひたすらに目で追い、じっと話に耳を傾けるジークフリートは、いささか押され気味にも見えた。実際、ムンタギロフは英国のナショナル・カンパニーのプリンシパルではあるが、年齢もキャリアもコレスニコヴァにはかなわない。とはいえ二人のアダージョは、身体的にもバランスが取れ、技術的には申し分なく優美で見応えあるものだった。

tokyo1510d_0856.jpg コレスニコヴァ(オディール)、ムンタギロフ 

第3幕はオディールの登場である。ロットバルトに伴われて現れたコレスニコヴァのオディールからは、冷たい月を映した硬質さが消えていた。顎を引き、挑発的な上目遣いでジークフリートを見つめ踊る炎のように熱い奔放な女。コレスニコヴァは二人の女性を見事なコントラストをつけて演じ分けた。
一方ジークフリートも、オデットと踊った第2幕とは打って変わって、年齢相応の無防備な姿を露にする。あのオデットが来てくれたのだ、と思い込み、少々浮かれてオディールに魅せられ恋に陥ってしまう。ムンタギロフは、表情豊かに素直な明るい王子を魅力的に演じた。騙し騙されるパートナーシップも安定した表現で見事だったし、安心して見ていられた。
オディールは不敵な笑みを見せ、ロットバルトと目配せしあって誘惑し、成功。打ちひしがれたジークフリートを見下ろし、勝ち誇った邪悪な笑みも憎々しく、まるでこの役を心底から楽しんでいた。「もしかしてこちらが本性?」と感じさせるほどコレスニコヴァは鮮やかだったのだ。
また、ドミトリー・アクリーニン演じるロットバルトは、ダイナミックな跳躍が赤いコウモリの飛翔を思わせた。頭に大きな黒い羽根をあしらい、赤と黒をメインカラーにした派手な衣裳と黒のラインメイクで活躍する姿は、全体を通してよいスパイスにもなっていた。

第4幕のコール・ド・バレエは、一糸乱れぬとまではいかないまでも全体によく揃ってまとまりがあり、囚われの白鳥たちからは哀切な想いが感じられた。
ラストシーンでは、くずおれるコレスニコヴァはまさに儚げな一羽の白い鳥そのもの。王子との出会いの場面に見られた野性味はなくひたすらに弱々しいのだが、叙情的な腕の動きと繊細な表情がオデットの深い悲しみを際だたせた。果敢に運命に立ち向かうムンタギロフは若さとひたむきさに溢れていて清々しい。長い脚を生かしつつ確かなテクニックで奮闘する戦いぶりもまた品が良い。悪魔はついに翼をもぎ取られて、オデットとジークフリートは結ばれる。朝焼けのオレンジの中、恋人同士の周りには、魔法の解けた幸せの世界が広がる。王道のハッピーエンドだった。
ムンタギロフの若く素直なキャラクターは、後味の良いハッピーエンドが似合っている。
最後に、オーケストラが急遽変更になったことを付け加えておこう。カンパニーの都合によりサンクトペテルブルグ・バレエ・シアター・オーケストラが来日を取りやめ、東京ニューシティ管弦楽団が演奏を担当した。
(2015年9月3日 Bunkamuraオーチャードホール)

tokyo1510d_0111.jpg 「白鳥の湖」第2幕  撮影/瀬戸秀美(すべて)