ワールドレポート ~世界のダンス最前線~

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関口 紘一 text by Koichi Sekiguchi 
[2014.09.10]
♪バレエ昔も今も♪BALLET OLD AND NEW♪
私が編集を担当した『ディアギレフ・バレエ年代記』(薄井憲二監・訳、平凡社刊)が、今年の7月に刊行された。バレエ・リュスの舞台監督を務めたセルゲイ・グリゴリエフの手記である。グリゴリエフは、ディアギレフの下でバレエ・リュスの立ち上げから解散に至るまで舞台監督を務めた。バレエ・リュスの本番の舞台は、彼の手によって仕上げられ上演された。彼なくしては、舞踊史に残るニジンスキーの傑作も、ニジンスキーが去った後のマシーンの活躍もあり得なかったかもしれないのだ。尖鋭的芸術観をもつディアギレフの強烈な偏愛を、グリゴリエフは世界で初めて出現したバレエのツアー・カンパニーの現実の問題に引き戻し、ありあまる困難を乗り越えて当日の本番の舞台を仕上げた。そのためにどのようなストラグルを経験したか。この一冊はその辛酸を嘗め尽くした現場の責任者の貴重な記録である。
後世の研究者の中には、彼の記憶違いなどをあげつらってあれこれ言う先生方もいらっしゃる。私はそういう先生方には、ものは試し、1日でいいからディアギレフの下で舞台監督になってもらったらいいのではないかと思う。恐らくは1日ともたないのではないか。
一次資料の重要性を見失って机上で論を進めることの虚しさ、今回の仕事は、そのことをとても良く教えてくれた。

洗練された作品選択と緻密に構成された素晴らしいプログラムによるエトワール・ガラ

エトワール・ガラ 2014 Aプロ、Bプロ
I. シアラヴォラ、L. エケ、D. ジルベール、A. アルビッソン、S. アッツォーニ、B. ペッシュ、M. ガニオ、H. モロー、A. ベザール、A. リアブコ、F. フォーゲル:出演

エトワール・ガラの第1回開催は2005年。今年は4回目の公演となった。およそ10年の時間が経過し、観客の中には、エトワール・ガラの歴史というものを意識する人々もいることだろう。当初からバンジャマン・ペッシュがアーティスティック・オーガナイザーとして働き、当代一流のダンサーがプログラムを組む公演として注目を集め、実績も積み重ねてきた。
今回のプログラムは特に充実している。ペッシュは、ローラン・プティとジェローム・ロビンズへのオマージュを込めたプログラム、といっている。つまり今回のプログラムは、20世紀の二人の偉大な振付家にフォーカスしつつ、19世紀に成立した古典バレエから、21世紀のバレエへのパースペクティヴを開いていく、という非常に良く練られて緻密に構成されているものである。そしてまた、ダンサーが主体となって作っているだけあって、A・Bプロとも興行的常識に左右されず、芸術的に洗練された作品選択がなされている。日本で公演されたガラ公演の中でも、非常にレベルの高いプログラムといえる。
パリ・オペラ座のエトワール6人とプルミエダンスール1人、スジェ1人、ハンブルク・バレエのプリンシパル2人、シュツットガルト・バレエのプリンシパル1人、全部で11名でそのうち女性ダンサーが5名、男性ダンサーが6名が出演した。予定されていたエレオノラ・アバニャートに代わってローラ・エケが参加した。

tokyo1409a_01.jpg 「ジュエルズ」撮影/瀬戸秀美

Aプログラム
開幕は『ジュエルズ』より「ダイヤモンド」。音楽はチャイコフスキー、振付はジョージ・バランシン。パリ・オペラ座のローラ・エケとオードリック・べザールが踊った。べザールは長身でまるでロシア人のような体格だが、細やかな表現もみせた。急遽一座に加わったローラ・エケもダイヤモンドの輝きを表わす生彩を放った。振付は堂々とした悠然たるもので、オペラ座のダンサーが踊るのに相応しい作品だ。
次にケネス・マクミラン振付『マノン』一幕より、デ・グリューのヴァリエーションとパ・ド・ドゥ。音楽はジュール・マスネ。イザベル・シアラヴォラとフリーデマン・フォーゲルが踊った。フォーゲルのデ・グリューの踊りは、草原を駆ける若駒のエネルギーを感じさせる輝きを放った。それを見詰めるのはシアラヴォラが扮したマノン。落ち着いた美しい踊りだが、どこかに不安定さを残すマノンを巧みに表わした。
『白鳥の湖』第二幕より、アダージョとヴァリエーション。オペラ座の良く知られるルドルフ・ヌレエフ版、音楽は勿論チャイコフスキーだ。オデットのアマンディーヌ・アルビッソンとジークフリートのマチュー・ガニオが踊った。アルビッソンはエトワールに昇格して初来日だし、エトワール・ガラへの参加も初めてだ。若い生命力を秘めたダンサーである。

tokyo1409a_02.jpg 「マノン」撮影/瀬戸秀美 tokyo1409a_03.jpg 「白鳥の湖」撮影/瀬戸秀美

『マーラー交響曲第3番』より。ジョン・ノイマイヤー振付。ノイマヤー率いるハンブルク・バレエからシルヴィア・アッツーニとアレクサンドル・リアブコが踊った。流れるような流麗なデュオだったが、動きそのものへのアプローチは弱い。そのためか少々スタティツクに感じられた。
休憩の後、長らくヒューストン・バレエの芸術監督を務めたベン・スティーブンソン振付『3つの前奏曲』。セルゲイ・ラフマニノフの3曲の前奏曲に振付けられている。出産から復帰後間もないドロテ・ジルベールとオードリック・べザールがデュオを踊った。舞台前面の可動式のバーを挟んで踊る。二人の間にバーがあると、セパレートに区切られているようでもあり、逆にバーによってつながってるようにも見え不思議な効果があった。最初はバーを使ってエクササイズ風の動き。続いて二つのパートは、バーを外した振付だった。細やかな動きには暗喩があり、綿密に構成されていて感心した。

tokyo1409a_04.jpg 「マーラー交響曲第3番」撮影/瀬戸秀美

クロード・ドビュッシーの『月の光』は、ドレスデン国立バレエ団のダンサーで、独特の美しさを見せる振付作品でも知られるイリ・ブベニチェク振付。エルヴェ・モローのために振付けられエトワール・ガラが世界初演となる。金子三勇士のピアノ演奏で踊られた。まず、ピアノの傍らから踊り始め、最後にピアノの下に潜り込むまで、月光を全身に充分浴びて、正気と狂気との間を往来するモローの優れた表現力が際だった。
『オネーギン』より「鏡のパ・ド・ドゥ」は、アマンディーヌ・アルビッソンのタチアナとフリーデマン・フォーゲルのオネーギン。タチアナがオネーギンへの想いを伝える手紙を書いていて幻想に捉えられる。自身を映し出す鏡の中からオネーギンが姿を現し、共にパ・ド・ドゥを踊る。内気でシャイなタチアナが内に秘めた想いを抑え切れずに表す、未だ若い恋の情熱をアルビッソンが熱演。フォーゲルのオネーギンは既に定評のあるところだ。
休憩を挟んで、ローラン・プティの『アルルの女』。ジョルジュ・ビゼーの音楽に乗せてシルヴィア・アッツォーニとアレクサンドル・リアブコが踊った。アッツォーニはやや小柄(ハンブルク・バレエには昔からなぜか小柄なダンサーが多い)。アルルの女が求愛すると男性ダンサーは、幻影に取り憑かれてコントロールできない不思議な感情に捉えられ、憑かれたように踊って身を投げる。リアブコが圧巻の踊りをみせた。
最後は、ジェローム・ロビンズの『イン・ザ・ナイト』。音楽はフレデリック・ショパン。3組のカップルが登場する。ブルーを基調とした衣装のシアラヴォラとペッシユ、ブラウンの色調のジルベールとガニオ、シックな凝った衣装のエケとモローの見事に融和したパ・ド・ドゥが美しかった。それぞれのカップルが愛の機微を踊るのだが、フォーメーションも振付もたいへん洗練されており、それをエレガントにオペラ座のエトワールたちが、踊るのだから素晴らしくないはずはない。色彩もデュエットの動きもバラエティに富んで充実しており、最後に3組のカップルが出会いともに踊り、得もいわれぬ愛の喜びと楽しさが歌われ、この世ではあり得ないかもしれないのだが、観客にも愛のお裾分けが少しくあったかのようでもあり、誠に眼福であった。

tokyo1409a_06.jpg 「月の光」 撮影/瀬戸秀美 tokyo1409a_07.jpg 「アルルの女」撮影/瀬戸秀美
tokyo1409a_05.jpg 「3つの前奏曲」撮影/瀬戸秀美 tokyo1409a_08.jpg 「イン・ザ・ナイト」撮影/瀬戸秀美

Bプログラム
Bプロの開幕は、『眠れる森の美女』ヌレエフ版のハイライト。ジルベールがペッシユ、リアブコ、モロー、福田昂平の4人の花婿候補を従えて、「ローズ・アダージオ」を踊り、そのヴァリエーションをローラ・エケが踊った。さらに第二幕の王子の長いヴァリエーションをオードリック・ベザールが踊り、第3幕のグラン・パ・ド・ドゥをアルビッソンとガニオが踊った。もちろんそれぞれにレベルの高い優れた踊りだったが、ベザールの王子のヴァリエーションがよかった。かなり長身で少々厳つい印象だが、ソフトな身体性も備えていて細やかな心理表現も確かなものがあった。アルビッソンとガニオも豪華な雰囲気を存分に醸し出した。
『デジール』はノイマイヤー振付、アレクサンドル・スクリャービンの音楽。白いレオタードのアッツォーニと上半身裸で赤いタイツを着けたリアブコが踊った。

tokyo1409a_12.jpg 「モペイ」撮影/瀬戸秀美

『モペイ』はマルコ・ゲッケ振付、C.P.E.バッハの音楽。スピード感溢れる振付で、弾んで跳んで踊る。切り裂くような動きの緊張感が一瞬たりとも緩まないダンス。フォーゲルの動きと感覚が冴えた。
アンジュラン・プレルジョカージュ振付、W.A.モーツァルト音楽の『ル・パルク』より解放のパ・ド・ドゥ。お互いに身体をスリ寄せ合うような動きを構成し、キスしたまま女性を振り回す、あの有名なパ・ド・ドゥをシアラヴォラとペッシュが踊った。プレルジョカージュがオペラ座バレエ団に残した足跡もまた、貴重なものだと再認識させられた。
『こうもり』より、プティ振付、ヨハン・シュトラウス音楽。夜な夜な出かける浮気の虫に憑かれた男(モロー)とその妻(アルビッソン)の愛の駆け引きを、コミカルに、しかし、人間の感情の深部に沁み入るように描いたプティの傑作バレエ。長い怪我による欠場のため、私たちは未だモローの身体の様々な可能性を知らない。モローのその一部と言えるかも知れないこうもりに変身した怪しい男性の性を魅力的に演じた。
休憩の後は、ニジンスキー版とジェローム・ロビンズ版『牧神の午後』の競演だった。音楽は共にドビュッシー。ニジンスキー版はエケとペッシユが踊った。振付もかなり細部までよく考えられており、およそ100年前ニジンスキーもこのように踊ったのだろうと思わせた。牧神によって表される怪しい獣的エロティシズムが、この作品の踊りの独特のリズムの中から現れた。
ロビンズ版はアルビッソンとモローが踊った。こちらはあるバレエスタジオの午後、気だるい午睡に襲われた男性ダンサーの幻想を描いている。ふと顔をのぞかせた本人にも気づかないエロティシズムを、自分と鏡に映る自身姿との間に描いている。ここでもまた、モローの存在感が際立った。
2度目の休憩の後はプティ振付、プーランク音楽の『シェリ』。コレットの同名の小説を舞踊化したものだ。24歳の年齢差を越えた愛を踊ったのは、シアラヴォラとガニオ。天真爛漫に年上の女性との恋を謳歌する美青年は白い衣装を着けたガニオ、そろそろ恋の終わりを意識してメランコリーな気分に陥っている、真珠のネックレスを着けたシアラヴォラとのパ・ド・ドゥだ。シアラヴォラの優しく美しい母性がまばゆく輝いた。ガニオも愛を信頼した無垢の気持ちを上手く表わした。

tokyo1409a_13.jpg 「こうもり」撮影/瀬戸秀美

『お気に召すまま』はノイマイヤー振付、モーツァルト音楽。ノイマイヤーの振付はこうした劇的状況の中で踊られる場合は活き活きとしている。しかし、抽象的な作品の場合は、デザイン的なヴィジュアルはセンスが良く美しいのだが、動きそのものはやや形式的に感じられ、少々、不満が残る。それが今回のプログラムの中で唯一、ペッシュとは意見が異なるように思われる点だ。ここではアッツォーニとリアブコが踊る人物は、生きていくためのヴィヴィッドな感情を表わしてパ・ド・ドゥを踊っていた。
『アモヴェオ』はバンジャマン・ミルピエがフィリップ・グラスのオペラ『浜辺のアインシュタイン』の中の曲を使って、2006年にパリ・オペラ座バレエ団に振付けた作品だ。ジルベールとベザールがミルピエの現代感覚を吸収して、見事に踊った。
『椿姫』はノイマイヤーがショパンの曲を使って、不幸な恋人たちの劇的な情感を鮮やかに描ききった傑作バレエ。ここでは、愛の終焉に至る黒のパ・ド・ドゥをシアラヴォラとフォーゲルが踊った。シアラヴォラの深い演技力とフォーゲルの迸るように愛を求める生命のエネルギーが、ドラマティックに踊られて、エトワール・ガラは幕を閉じた。抽象的な美しさで愛を描いたAプロのショパンと、具象的な設定の中で激しく切実に描かれたBプロのショパンが、じつに効果的なコントラストを描いた見事なエンディングであった。
(2014年7月30日Aプロ、8月1日Bプロ Bunkamura オーチャードホール)

tokyo1409a_09.jpg 「眠れる森の美女」撮影/瀬戸秀美 tokyo1409a_10.jpg 「眠れる森の美女」撮影/瀬戸秀美 tokyo1409a_11.jpg 「デジール」撮影/瀬戸秀美
tokyo1409a_14.jpg 「牧神の午後」撮影/瀬戸秀美 tokyo1409a_15.jpg 「牧神の午後」撮影/瀬戸秀美 tokyo1409a_16.jpg 「ル・パルク」撮影/瀬戸秀美