ワールドレポート ~世界のダンス最前線~

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関口 紘一 text by Koichi Sekiguchi 
[2014.07.10]
♪バレエ昔も今も♪BALLET OLD AND NEW♪
東京では国立新美術館で「魅惑のコスチューム:バレエ・リュス展」が開催され、華やかな当時のバレエ衣装が展示されている。会場に入っただけで、目に鮮やかな色彩の氾濫に圧倒される。
一方、パリ・オペラ座の図書館では「スウェーデン・バレエ 1920年〜1925年」特別展が、開催されている。こちらは「バレエ・スエドワ」として、ロルフ・ド・マレが創設したバレエ団。先鋭な作品をつぎつぎと発表して、一時は、ディアギレフ率いるバレエ・リュスのライバル、とも言われた。ポスターや舞台美術の一端を見るだけでも、その旺盛な実験精神がうかがわれる。
今、「バレエが一番おもしろかった時代」の残像が、およそ100年後の東京とパリで同時に現れている。
では今から100年後、私たちの時代のバレエは、目覚めたオーロラ姫の目には、どのように映るのだろうか。

ロベルタ・マルケスの深い慈しみを感じさせる演舞を導いた熊川哲也の演出・振付

Kバレエ カンパニー
『ロミオとジュリエット』熊川哲也:演出・振付

熊川哲也の演出・振付による『ロミオとジュリエット』は、K バレエ カンパニーの創立10周年記念公演として、2009年10月に世界初演された。これは熊川の8作目となる全幕プロダクションだった。次に再演されたのは2011年5月。今回は、創立15周年記念公演として3回目の上演となる。今回もジュリエットを踊った英国ロイヤル・バレエ団プリンシパル・ダンサー、ロべルタ・マルケスは、3回とも来日してタイトルロールを踊っている。

tokyo1407a_02.jpg 撮影:瀬戸秀美

マルケス=ジュリエットの演舞は、その間およそ5年(その間に結婚もした)に見事に深化したと思う。むろん、初演から気高く純粋なスピリットで、運命とも真っ向対峙して戦い、日本の観客に感銘を与えてきた。しかし今回のマルケス=ジュリエットは、純粋なばかりでなく、ロミオとの恋が悲劇の終末を迎えることを知っていて、それを嘆くのではなく、まるで聖母のように大きく深い優しさで慈しんでいた。あたかもヴェラスケスの絵から抜け出してきたような完璧な古典美を、舞台に体現していた、私にはそう感じられたのである。
それはもちろん、充実した熊川の演出・振付が導いた結果であり、『ロミオとジュリエット』の熊川の演出・振付は見事に成功している、と私は思う。
例えば、感心したのは、遅沢=ティボルトが熊川=ロミオに殺されるまでを、通りかかった山田=ロザラインに目撃させたこと。ところが、伊坂=マキューシオがティボルトに後ろから突かれて死んだところは見ていない。ここにも悪意が働いているのではないか、ともとれる運命の悪戯が顔を出す。多くのヴァージョンは、ティボルトが死んでから、キャピュレット夫人が通りかかり、大芝居をする。ところが熊川版では、そのキャピュレット夫人はロザラインの愁嘆場が終わってから、階上の道を通りかかり、嘆き悲しむが死体のところまでは、下りて来ない。ここでは、運命に対して何もなすことが出来ない、という無力感が漂った。
また、舞踏会で熊川=ロミオと出会って恋に陥って、バルコニーの月明かりに頬杖ついて「あの出会い」をもう一度、思い返し幸せに満たされるまで、マルケス=ジュリエットの気持ちの流れは完璧に表現されていた。
しかし、ロミオが無益な戦いをやめさせようとしたにも関わらず、親友のマキューシオを後ろから差したティボルトの首を怒りに駆られて突き刺してから、状況は一変する。夫のロミオは追放され、父のキャシディ=キャピュレット卿に宮尾=パリスとの結婚を強要されるのだ。

tokyo1407a_03.jpg 撮影:瀬戸秀美

抜き差しならぬ状況に打開の道を閉ざされたジュリエットは、教会から、仮死状態になって甦る秘薬を飲むという決死の決意を胸に、部屋に駆け戻る。するとそこには、パリスとの結婚を嫌って逃げ出したと思い込んだ父親が怒り狂って乳母を問い詰めていた。ジュリエットはそっと神父にもらった秘薬を枕の下に隠す。そしてパリスとの結婚を認めると伝え、父親の怒りを鎮める。この展開は、実にダイナミックだ。経験は豊かだが、いきり立って現実を正確に把握出来ない父親を、死をも恐れぬ決意を秘めたジュリエットは、冷静に見ている。これは、この決意をしたことによって、ジュリエットは人間的に大きく成長したことを端的に表している。ほかの多くのヴァージョンにはみられない説得力のある演出だ。そして、ロミオが万感の思いを込めて残していった、結婚式の時に神父から贈られたクロスを見て、あの素晴らしかったバルコニーの愛を、一瞬、回想し、一息に秘薬を飲みほす。熊川版では、一時、仮死状態になるがすぐに甦ることを知らせるロミオへの手紙をジュリエット自身が綴る。それにより教会でジュリエットは既に、仮死状態になる決意(死を賭けても愛を成就させる)を済ませていることが分る。つまりこのわずか5日間の出来事では、一人もんもんと苦悩する余裕はなく、現実は苦悩する意識を越えて、遥かに差し迫ってきている、というダイナミックな現実把握がこの作者には明解にある。神父がロミオにクロスを贈り、それに二人の愛の誓いを象徴させる、ジュリエット自身にロミオへの手紙を書かせる、といった演出はたいへん優れている。
こうしたジュリエットの人間像を巧みに描く熊川演出は、かつて私が観た『ロミオとジュリエット』のいずれのヴァージョンより印象深くドラマティックだ、と私は思う。

また、神戸里奈のジュリエットは、初めは少しお人形さんのようだったが、バルコニー、そして寝室、さらに仮死状態になる秘薬を飲む決意をするまで、しっかりと血の通った人物像を踊った。池本祥真のロミオもヴィユウジャーニン=ティボルトを刺し殺すあたりから、切羽詰まった人物像を活き活き描いた。主役ばかりではない、ジュリエットの父、ステュワート・キャシディ、この人の存在感がなければ、ドラマは成立しないのではないか、とさえ思われた。コール・ド・バレエも実に華やかに様々な表情を持つアンサンブルがたっぷりあって、世界で一番踊りの多い『ロミオとジュリエット』ではなかったか。

そして10月9日には、熊川哲也の演出・振付による新作『カルメン』世界初演される。ロベルタ・マルケスが、いったいどんなカルメンを踊るのか、まことに興味は尽きない。
(2014年6月11日、28日 Bunkamura オーチャードホール)

tokyo1407a_01.jpg 撮影:瀬戸秀美