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関口 紘一 text by Koichi Sekiguchi 
[2014.02.10]

トルストイ原作のバレエ『アンナ・カレーニナ』プロコフスキー版を日本バレエ協会が上演

日本バレエ協会
『アンナ・カレーニナ』アンドレイ・プロコフスキー:振付

2014都民芸術フェスティバルとして行われた日本バレエ協会公演の『アンナ・カレーニナ』をみた。日本バレエ協会ではこの作品を既に2回上演しているし、新国立劇場の地方のバレエ団を招聘する公演でも法村友井バレエ団が日本人キャストで上演している。大阪でも法村友井バレエ団が主催公演を行っている。

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日本バレエ協会が主催したのはアンドレイ・プロコフスキー版だが、ドルストイの長編小説『アンナ・カレーニナ』を題材としたバレエは、プリセツカヤが共同で振付演出し主演したもの、近年アレクセイ・ラトマンスキーが振付けたもの、ボリス・エイフマンが振付けたものがある。プリセツカヤ版とラトマンスキー版はロディオン・シチェドリンがチャイコフスキーの音楽を編曲したものを使っている。また、プロコフスキー版は英国人のガイ・ウールフェンデンがチャイコフスキーの音楽を自身で作曲したものも含めて編曲している。エイフマンはチャイコフスキーを主としてそのほかの音楽も併せて構成している。
それぞれのヴァージョンに特徴がある。私見によりごく簡単にいうと、プリセツカヤ版が最もドラマティックにアンナの女性像を時代背景とともに浮き彫りにしている。ラトマンスキー版はプリセツカヤ版にシーン構成が近く、ウロンスキーの回想というスタイルもあって、モダンな感覚により叙情的に描いている。エイフマンのヴァージョンは、アンナという女性の心理を赤裸々に晒し出すことを目的とした作劇にみえ、超絶技巧もこれ見よがしで、私は好まない。そしてプロコフスキー版は、少々、メロドラマティックであるが、手際よく物語を分かり易く表現している。私はやはりプリセツカヤ版が、競馬場でウロンスキーが落馬する、という予感がアンナの身体を駆け抜けた瞬間、彼を心から愛している自分を初めて自覚し衝撃を受ける、といったアンナという女性像を時代の深部から描ききっている点で、一頭地を抜いている、と思う。

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プロコスキーはロシア人の両親のもとパリで生まれた。エゴロワなどロシア系の教師に学び、ニュ−ヨーク・シティ・バレエで踊ったほか、ガリーナ・サムスゾヴァと結婚して、ともにバレエ団を創って踊り、振付作品も多い。日本で上演されたものは、牧阿佐美バレヱ団のレパートリーとなっていてしばしば再演される『三銃士』や、井上バレエ団が上演した『ロミオとジュリエット』などがある。他にも『白鳥の湖』や『椿姫』『マクベス』『トゥーランドット』などを振付けている。プロコフスキーはストーリーを上手く舞踊シーンとして語るすべに長けているのだ。

日本バレエ協会公演は、法村牧緒監修のもと杉山聡美が振付指導にあたり、美術はピーター・ファーマー。アンナは、下村由理恵、瀬島五月、酒井はな、ウロンスキーは佐々木大、アンドリュー・エルフィンストン、藤野暢央、というトリプルキャストだった。私は瀬島五月とエルフィンストンの日を観た。
瀬島は、時代の変換期に直面しているロシア貴族社会を生きる悲劇のヒロインを演じた。長丁場をしっかりと踊り、安定したテクニックをみせた。できればヒロインの内面的な表出をもう少し強調して表現してもらいたかったが、やや控え目ながら人物像に迫る意欲を見せてくれた。ウロンスキー役のエルフィンストンも手堅い演舞だったし、瀬島との息もあっていた。ただ、キャラクター的にウロンスキーが適役かどうかはまたの機会に観てみたい、とも思った。佐々木和葉のキティや群舞はよく踊っていた。特に見せ場である舞踏会のシーンはよく整えられていて見応えがあった。
バックグランドが微妙に異なるダンサーたちの合同公演は、特に『アンナ・カレーニナ』のような役の解釈と表現に細やかさが要求される作品をまとめるのは至難の技というべきだ。その点では、非常に良くまとめられた舞台だった。
(2014年1月12日 東京文化会館)

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