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佐々木 三重子 text by Mieko Sasaki 
[2013.08.12]

子供も大人も楽しませた『不思議の国のアリス』と格調高い伝統の『白鳥の湖』

The Royal Ballet 英国ロイヤル・バレエ団
“Alice’s Adventures in Wonderland” choreography by Christopher Wheeldon, “Swan Lake” production by Anthony Dowell
『不思議の国のアリス』クリストファー・ウィールドン:振付、『白鳥の湖』アンソニー・ダウエル:演出

英国ロイヤル・バレエ団が、昨年、芸術監督に就任したばかりのケヴィン・オヘアに率いられて、三年振りに来日した。今回の話題は、何といっても2011年に初演されて以来、人気沸騰の『不思議の国のアリス』の日本初演で、物語バレエの伝統のある英国で、同団として16年ぶりに制作した全幕作品というから驚きだ。全幕物としてはほかにロイヤル・バレエ団のお家芸である格調高い『白鳥の湖』が上演され、ポップな作品との対比が際立った。

tokyo1308b_01.jpg photo:Kiyonori Hasegawa

『不思議の国のアリス』
『不思議の国のアリス』は、英国の作家ルイス・キャロルの有名な児童文学を、振付家のクリストファー・ウィールドンがジョビー・タルボットの音楽を用いて、誰でもが楽しめる3幕のバレエ作品に仕立てたもの。ウィールドンはロイヤル・バレエ団出身のダンサーで、渡米後、振付家として実績を積み、2001年、ニューヨーク・シティ・バレエ団の常任振付家に就任。昨年、古巣のロイヤル・バレエ団にアーティスティック・アソシエイトとして迎えられた俊英である。余談だが、この6月に彼の『真夏の夜の夢』がNBAバレエ団により日本初演されたのは記憶に新しい。

原作に少し手を加えたバレエ版『不思議の国のアリス』は、パーティの準備で慌ただしいアリスの家の庭で幕を開ける。時代は、キャロルがこの童話の創意を得たピクニックに行った1862年で、アリスと庭師のジャックは互いに惹かれあっているという設定。彼がアリスに赤いバラを渡し、アリスがお礼にジャムタルトをあげると、アリスの母は彼がお菓子を盗んだと誤解して首にする。ルイス・キャロルは悲しむアリスを慰めているうちに白うさぎに変身し、アリスは彼の後を追って不思議の国へ迷い込む。そこでは、ジャックはハートの騎士、アリスの母はハートの女王、父はハートの王、マジシャンはいかれ帽子屋として登場し、タルトを巡るドタバタが面白おかしく、ユーモラスに展開された。最後は現代にスイッチし、すべては「不思議の国のアリス」を読んでいて眠り込んだアリスとジャックらしき男女が見た夢と分かる。彼女が居合わせたキャロルらしき男に本を渡すと、男は本を読みながらウサギの仕草を真似てみせるというエンディングが洒落ていた。

tokyo1308b_02.jpg photo:Kiyonori Hasegawa

私が観た日のアリスはサラ・ラム。ほとんど出ずっぱりだが、いかにも愛らしいアリスで、思春期の少女らしい弾けるような快活さを踊りで表し、終盤のジャックとのパ・ド・ドゥでは抒情性を漂わせ、爽やかな印象を残した。スティーヴン・マックレーは折目正しいジャックから清々しいハートの騎士に変身。ラムとの釣り合いもよく、確かなテクニックでどんなステップも伸びやかにこなした。いかれ帽子屋のアレクサンダー・キャンベルは鮮やかなタップダンスを披露。けれど圧倒的な存在感で舞台を制したのは、ハートの女王のラウラ・モレーラ。気迫のこもった演技で手の付けられない暴君ぶりを発揮し、『眠れる森の美女』のローズ・アダージオをパロディー化した“タルト・アダージオ”では、恐れおののく家臣たちを従えて爆笑を誘った。それにしても、不思議の国の多様な人々それぞれに個性的なダンスを振付けたウィールドンの手腕はさすがである。

ハイテクを駆使した映像を始め、カラフルでポップな美術、けばけばしい衣裳など、アリスの冒険を視覚化するために様々な工夫が凝らされており、観ている側もアリスと一緒にワンダーランドに迷い込んだ気にさせた。アリスが穴の中に落ちていくシーンや、アリスが大きくなったり小さくなったりするところ、涙の池を泳ぐアリスや折り紙の舟、ソーセージを作る不気味な台所、頭や体の各部がバラバラに動くシャチ猫、トランプがドミノ倒しに崩壊するシーンなど、どれも印象に残る。題材がポピュラーな児童文学ということもあるだろうが、人間の心理に深入りするような難解なアプローチはせず、非日常のワンダーランドを旅する楽しさを存分に味わわせてくれた。
(2013年7月6日夜 東京文化会館)

『白鳥の湖』
こちらは、1987年、アンソニー・ダウエルが同団の芸術監督として初めて手掛けたプロダクションで、日本でも既にお馴染み。舞台を15世紀頃のドイツから、この音楽が作曲された19世紀後半のロシアに移し替えたのが特色で、第1幕でイスを用いたダンスを復刻するなどプティパ/イワノフのオリジナルに近づけた一方で、第1幕のワルツはビントリーの振付を、第3幕のナポリの踊りはアシュトンの振付を採り入れ、第3幕を仮面舞踏会に設定するなど、独自のカラーを出している。

オデット/オディールはロベルタ・マルケス。オデットにしては思ったよりむっちりした体型で、表現も最初のうちは淡泊で儚さに乏しい気がしたが、次第にジークフリート王子に対する思いを募らせていくのが見て取れた。オディールでは王子の心を絡め取るよう計算された演技とパワーのあるダンスで存在感を示した。スティーヴン・マックレーはいかにも正統派の王子で、心の内を的確に伝えた。また、安定したサポートでマルケスを美しくリフトし、鮮やかなジャンプや高速のシェネなど胸のすくような技を見せた。第4幕では、悲しみに沈むオデットのマルケスと、許しを乞うジークフリートのマックレーの演技が響き合い、ドラマを奏でていた。第3幕のナポリの踊りでは、エマ・マグワイアとヴァレンティーノ・ズケッティが、腕を交差させて組んだまま器用にステップを踏み、跳ねたり回ったりの連続を、リズムに乗って軽快にこなした。ロマンテイック・チュチュをつけた白鳥たちは、腕を羽のように、またさざ波のように波打たせ、整然とした群舞を見せた。ただ、ふさふさした羽を付けたロットバルトのフクロウの衣裳や、舞踏会でのモヒカン刈りのような頭には、やはり違和感を覚えた。最後に、『不思議の国のアリス』でカエル特有の動きを模したダンスを機敏にこなした蔵健太や、『白鳥の湖』第1幕のパ・ド・トロワで丁寧な安定感のある踊りを見せた小林ひかるなど、日本人も健闘していたことを記しておきたい。彼らの一層の活躍を期待したいと思う。
(2013年7月13日昼 東京文化会館)

tokyo1308b_03.jpg photo:Kiyonori Hasegawa tokyo1308b_04.jpg photo:Kiyonori Hasegawa