ワールドレポート ~世界のダンス最前線~

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佐々木 三重子 text by Mieko Sasaki 
[2013.04.10]

傑作の上演でベジャールの普遍性を改めて確認し、ユーモラスなジル振付作品も堪能

BEJART BALLET LAUSANNE モーリス・ベジャール・バレエ団
A:"DIONYSOS(SUITE)" "BOLERO " by Maurice Béjart "SYCOPE" by Gil Roman『ディオニソス組曲』『ボレロ』モーリス・ベジャール:振付/『シンコペ』ジル・ロマン:振付
B:"LIGT" by Maurice Béjart "『ライト』モーリス・ベジャール:振付

バレエに革命をもたらした振付家、モーリス・ベジャールが没して丸5年が経った。だが創設者を亡くしても、師の芸術を受け継ぐジル・ロマン芸術監督の下、モーリス・ベジャール・バレエ団は健在だった。ベジャールの没後5周年を記念する今回の来演で、ベジャールの遺産を継承しながら新たなベジャール・ダンサーの育成にも成果を挙げていることを実証してみせのである。
公演プログラムはA、Bの二種。Aプロは、不朽の名作『ボレロ』(1961年)をはじめ、深遠な内容を持つ大作『ディオニソス』(1984年)をギリシャ的な要素に絞り込み、ダンスを主体に再構成した『ディオニソス組曲』(1985年)と、ロマンの最新作『シンコペ』(2010年)という組み合わせ。Bプロは、森下洋子をタイトルロールに振付けられた『ライト』(1981年)の日本初演。どの演目も話題性は高い。

tokyo1304b_04.jpg 「ディオニソス組曲」
photo: Kiyonori Hasegawa

Aプログラム
幕開けは『ディオニソス組曲』。この作品は、重層的に構築された『ディオニソス』から、ニーチェの哲学や彼とワーグナーとその妻コジマとの相克する関係を取り除き、現代ギリシャの居酒屋での喧騒とバッカスの祝祭的な踊りを抽出したもの。音楽もワーグナーは除かれ、マノス・ハジダキスの曲やギリシャの音楽だけ。波の音で静かに始まる前半の居酒屋のシーンでは、水夫やジゴロ、学生、ならず者、女たちなどが互いに踊りで自己主張。小技を効かせたハードな踊りがあちこちで同時多発的に繰り広げられた。後半のバッカスの宴では、赤いパンツをはいただけの男性ダンサーたちがダンス・バトルさながらに自発性が弾けたように荒々しく踊りまくり、エネルギーを爆発させた。

その間に挿入される、神々の王ゼウスを演じたハリソン・ウィンとギリシャの女セメレー役のポリーヌ・ヴォアザールが白いプレーンな衣裳で踊るパ・ド・ドゥは、セメレーの死をも受け入れるような哀しみも滲み、濃密かつ厳粛に営まれた。神秘的な儀式にも見えたこのデュエットから、ディオニソスが生まれることになる。そのディオニソスを演じたオスカー・シャコンが魅力的だった。普通の若者の姿で居酒屋の騒ぎを傍観していても独特の雰囲気を漂わせ、踊りの輪に入れば瑞々しく舞い、バッカスの宴では、熱狂的に踊りまくる男性ダンサーたちを煽るように力強くジャンプし続け、強靭なエネルギーを放った。

水夫役の那須野圭右の切れ味の鋭いステップや、大貫真幹が若者役やバッカスの宴で見せた壮快なジャンプなど、日本人ダンサーの活躍も見落とせない。また、横尾忠則の二枚の絵はダンスに負けずインパクトがあった。『ディオニソス』が1985年に日本初演されたのを観た時は、まだベジャールの作品に親しんでおらず、ニーチェにも疎かったため、熱狂的なダンスには圧倒されたものの、正直なところ難解で取り付きにくかった。約1時間の『ディオニソス組曲』のほうが一般に受けるのは分かるが、ちょっぴり寂しくも思う。

tokyo1304b_06.jpg 「シンコペ」
photo: Kiyonori Hasegawa

『シンコペ』は、リズムのずらしを意味する音楽用語とは別に、医学用語では心臓の鼓動の停止や減速を意味するそうで、これに着想を得て、人間が意識を失っている間に脳の中で起こっていることに思いを至らせて描いた作品という。電灯の笠を被った看護師のエリザベット・ロスが押す車イスに座ったガブリエル・アレナス・ルイーズがシートに吸い込まれるようにして後ろから抜け出るのが、脳の中の世界への導入なのか。この二人のそれぞれのソロを含め、様々なダンス・シーンが展開された。シティ・パーカッションによるシンコペーションを多用した音楽にのせ、薄い白いコスチュームをまとった男女が拍をずらして踊る姿が、日常から浮遊したようにユーモラスに映った。

最後は『ボレロ』。“メロディ”はエリザベット・ロスとジュリアン・ファヴローが交替で踊ったが、ベジャール・ダンサーとしての成熟が伝えられるファヴローの日を選んだ。実際、期待した以上に素晴らしかった。ファヴローは、振付に敬意を払うように忠実に臨み、常に「死に向かう儀式」を意識し、自らを捧げる覚悟をステップに込めて踊り、取り囲む“リズム”に飲み込まれるように崩れ落ちるクライマックスへと突き進んでいった。引き締まったファヴローの上体、しなやかで強靭な筋肉、放出するエネルギーの凄さなど、すべて申し分ない。赤い円卓の上で踊る姿は、周囲の“リズム”から超然とした孤高の存在ではなく、むしろ増幅してゆくリズムのダンサーたちとの共振を強く感じさせた。野性的、理性的など、男性ダンサーが演じる色々なメロディを見てきたが、ファヴローが示した、彼らとはまた異なる個性を新鮮に感じた。
(2013年3月4日 東京文化会館)

tokyo1304b_01.jpg 「ボレロ」photo: Kiyonori Hasegawa tokyo1304b_02.jpg 「ディオニソス組曲」photo: Kiyonori Hasegawa
tokyo1304b_03.jpg 「ディオニソス組曲」photo: Kiyonori Hasegawa tokyo1304b_05.jpg 「シンコペ」photo: Kiyonori Hasegawa

Bプログラム
復活された『ライト』は、現代の感覚に合うよう、ジル・ロマンが休憩なしの90分にまとめたもの。振付家のカロリン・カールソンを思わせる「女」から生まれた「ライト」(光の子)が、様々な出会いを通じてたどる人生探求の旅を描いた作品というが、いかにもベジャールらしい壮大なスケールに驚かされた。
幕開けのシーンは20世紀を迎えようとするサンフランシスコ。身ごもった開拓者の「女」が夢の中で「貧しき者」(聖フランチェスコ)と出会い、17世紀のヴェネチアに導かれ、二つの街が時空を超えて溶け合うのを感じる。音楽も、ヴィヴァルディと現代のザ・レジデンツが交錯する。「女」から生まれた「ライト」は、新旧二つの世界や異質の文化を結び付ける橋渡しとなり、やがて自身も身ごもることで未来へのさらなる繋がりを暗示するようにして終わる。

「ライト」役を務めたカテリーナ・シャルキナは純白のタイツ姿が無垢ですがすがしく、しなやかな身のこなしで穢れのなさを伝えた。エリザベット・ロスが演じた「女」とのデュエットでは、シャルキナの美点が輝き、ロスの優しく包み込むような慈愛に満ちた表現と相まって、感銘深いシーンとなった。ロスは全体を貫くような確かな存在感を示してもいた。「貧しき者」を演じたジュリアン・ファヴローの精神的な逞しさをたたえた踊りも見応えがあり、白髪のかつらを被って化粧をした「富める者」(侯爵)を演じたガブリエル・アレナス・ルイーズの優雅で伸びやかな身のこなしや、「赤毛の司祭」(ヴィヴァルディ)役のオスカー・シャコンのいたずらっぽい演技など、脇役陣も華やかだった。

ほかに、「7つの色」を踊った7人の男性によるエネルギッシュなアンサンブルや、ロングスカートの裾をひらめかせて回転し続けるラストの群舞も見応えがあった。今回の公演では、全体に若手の躍進が目についた。この5年間でバレエ団の体制立て直しは着実に整ったようだ。それでは、ロマンはこれからバレエ団をどう発展させるのだろうか。期待しながら見守りたい。
(2013年3月8日 東京文化会館)

tokyo1304b_07.jpg photo: Kiyonori Hasegawa tokyo1304b_08.jpg photo: Kiyonori Hasegawa
tokyo1304b_09.jpg photo: Kiyonori Hasegawa tokyo1304b_10.jpg photo: Kiyonori Hasegawa tokyo1304b_11.jpg photo: Kiyonori Hasegawa