ワールドレポート ~世界のダンス最前線~

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関口 紘一 text by Koichi Sekiguchi 
[2012.07.10]
♪バレエ昔も今も♪BALLET OLD AND NEW♪
シュツットガルト・バレエ団が来日してジョン・クランコ版『じゃじゃ馬馴らし』と『白鳥の湖』を上演し、新国立劇場ではケネス・マクミラン版『マノン』全幕が上演された。『マノン』全幕は昨年8月に小林紀子バレエ・シアターも上演している。ロンドンでは、マクミラン版『パゴダの王子』が16年ぶりに上演された。この作品は1957年にクランコが世界初演し、昨年10月に新国立劇場がビントレーの新振付を上演した。また、クランコ版『オネーギン』は2010年に東京バレエ団が初演し、9月には再演される。クランコはロマンティックで様式的な美しさを主体とした19世紀のグランド・バレエを改革し、人間としての真実のリアリティを追求するドラマティックなバレエを目指した。クランコに兄事したマクミランも志を同じくして、時代性や風俗的なものまでリアルに描く演出を行った。ダンサーももちろん、人間の心の真実を表すアーティストであることを要求される。ステイジングによって異なるヴァージョンもあるが、クランコとマクミランが20世紀を映して創ったグランド・バレエが、今日の観客に理解され大いに支持されていることは、英国、ドイツ、日本のオペラハウスの主要演目として盛んに上演されていることからもわかる。

微妙な女性の心理と一途な男の愛を小野絢子と福岡雄大が熱演した大作『マノン』

新国立劇場バレエ団
ケネス・マクミラン振付『マノン』

新国立劇場が初めて上演したケネス・マクミラン振付の『マノン』全幕を観た。2003年新国立劇場は『マノン』を当時の芸術監督牧阿佐美の下に初演している。その際は、美術と衣裳はニコラス・ジョージアディスだったが、今回はピーター・ファーマー。出演者も初演時は、アレッサンドラ・フェリとロバート・テューズリー、ローラン・イレール、クレールマリー・オスタとデニス・マトヴィエンコ、ドミニク・ウォルシュと豪華なゲストが呼ばれたが、今回は小野絢子と福岡雄大の日本人コンビが初日を踊り、ゲストはヒューストン・バレエ団からサラ・ウェッブとコナー・ウォルシュが呼ばれた。

tokyo1207a1670.jpg 撮影/瀬戸秀美

幕開きはレスコー(菅野英男)が舞台中央で何か思案しているかのようにすわっているシーン。彼が何を思案していたのかは、続いて展開する宿屋の中庭で明らかになるのだが、そこでは様々な階級や職業の人々が行き交っている。酔っぱらって愛人と戯れていたレスコーがヴァリエーションを踊る。ここでは妹の貞操を売って金を得ようというアナーキーで退廃的な心理が示唆される。さらに物乞いのリーダーを中心とした群舞があるが、ここには終盤で地獄に身を持ち崩す主人公の運命が暗喩されている。やがて大金持ちのムッシューG.M.(マイレン・トレウバエフ)が登場する。ことはレスコーが思案した通りに運ぶのだが、修道院に入るはずだったマノンは、ここで出会った神学生のデ・グリューと一目で愛し合う。マノンは小野絢子、デ・グリューは福岡雄大。最初の意気投合するパ・ド・ドゥはゆっくりとその深い愛を表した。そして若い二人は無謀にもその場で手に手を取って駆け落ちしてしまう。
逃亡の末、二人きりになった寝室のシーンでは、深いキスを交わしてから奔放に踊って、愛する気持ちを存分に表した。

tokyo1207a1728.jpg 撮影/瀬戸秀美

娼婦の館でマノンとデ・グリューが再び出会うシーンは、女優バレリーナ小野絢子の見せ場だ。男性たちにつぎつぎとリフトされて巡りながら、デ・グリューからの熱い視線を意識して踊るかなり長いシーン。好きな男に会えた喜びと、豊かだ心が満たせない今の気持ちと、彼から逃げたことへの若干の悔恨などが入り混じって揺れ動く微妙な女性の心理を表す難しい演舞だ。福岡は一途の気持ちをどこまでも貫くのだが、一度は豊かなわがまま放題の生活に浸ったマノンの気持ちを取り戻す、という説得力ある特別のパワーを表さなければならないのだからこちらも難しい。
そしてドラマティックな処罰シーンがあって、物語は一気にマノンが囚人として港で引き回されるシーン。小野絢子のおそらくは初めての汚れ役だったが、堂々とした安定感のある演技。最後の沼地で苦闘するパ・ド・ドゥでも、瀕死の白鳥のごとく生命の最後の一滴をそれまで生きてきた人生と同等の重みを込めて表すかのようだった。
回想録として描かれた原作小説では、マノンのデ・グリューとの暮らしからの逃走は何回か繰り返されるし、デ・グリューは親身になって面倒を見てくれた親友を裏切るなどその内的物語も描かれている。原作の読後感は単純な愛の悲劇への感動とは異なったものである。マクミランは原作の物語のエッセンスを舞踊化しているが、死によって完結した愛の賛歌を振付けたわけではない。初期の振付作品『ザ・インヴィテーション』でも描かれていた、女性というもののあるいは女性という生命体のもつ神秘に迫ろうと試みられている。
デ・グリューを踊ったヒューストン・バレエ団のプリンシンパル、コナー・ウォルシュは演技力があり、踊りが柔らかい。演技と踊りが自身の内面でバランス良く整理されている説得力のある踊りだった。キーロフ・オブ・アカデミー出身だそうだ。
やはりプリンシパルでマノンに扮したサラ・ウェッブは、やや小柄で表情はあまり大きくないが、踊り進んでいくにつれて次第にマノンらしさを表し、宝石へのこだわりなどを執着力の強さを際立たせた。二人ともそれほど知名度は高くはないが実力派のダンサー。デ・グリューが殺される前のマノンとデ・グリューのパ・ド・ドゥは、二人の間に軋轢が生まれるシーンだが、踊り慣れているのだろうか、さすがに息があった表現力ある踊りだった。最後のマノンが息絶えるシーンもサラ・ウェッブが熱演。生命が途絶える荘厳な瞬間を演じて見応えがあった。
(2012年6月23日、26日 新国立劇場 オペラパレス)

tokyo1207a0855.jpg 撮影/瀬戸秀美 tokyo1207a1942.jpg 撮影/瀬戸秀美