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関口 紘一 text by Koichi Sekiguchi 
[2012.06.11]

スペクタクルな展開の中に原典の精神性を甦らせた説得力ある熊川哲也版『海賊』

K-BALLET COMPANY
熊川哲也 演出・再振付『海賊』

『海賊』は英国ロマン主義の詩人、バイロンの叙事詩に基づいてジョゼフ・マジリエが振付け1856年パリ・オペラ座で初演した舞台から、様々に変転して上演されてきた。そこにはかつてのバレエの上演者たちによる恣意的な変更もあったし、芸術的に全体性を整えた作品もいくつか創られたてきた。しかし『白鳥の湖』や『眠れる森の美女』『ドン・キホーテ』『ジゼル』他の、様々なヴァリエーションがあるとはいえ多くの人が納得する典型的なヴァージョンは、今日にまで伝えられなかった。それは音楽の完成度の問題や原典が叙事詩であるため物語の筋が訴える部分が大きくしばしば手を加えられたこと、などいろいろなことが指摘できるかも知れない。

tokyo1206c01.jpg 撮影/瀬戸秀美

そうした中で熊川哲也版の『海賊は』、音楽と物語の展開を大きく整理し、原典のスピリットを独自に把握して明確に打ち出している。
まず、プロローグをドラマ全体に観客が参加しやすいものとしたこと、物語の設定の中でメドーラとグルナーラを姉妹としたこと。この二点だけでも物語の筋がすっきりとして、作者と観客が共有できるようになった。これは物語が主役の叙事詩的世界を描くためには重要なことだ。
もう一点は、アリの存在がコンラッドとの関係の中でどのように表現されるか、だろう。これはご覧になった方ならおわかりになるように、バイロンの有名な言葉「私が死んだ後も、苦難や歳月をも乗り越えて、なおも息づき続ける何かが、私のうちには存在している」を想起させる、高貴な精神を表象したドラマティックな演出だった。そして誰もが知っているアリの額を飾っていた羽を、海の勇者コンラッドが哀悼と尊崇の念を込めて海に流す、というエンディングも見事だった。そして私はそこに「武士道精神」などという言葉を持ち出すまでもなく普遍的なスピリットを感じた。

tokyo1206c02.jpg 撮影/小川峻毅

今回の『海賊』公演は、松岡梨絵のメドーラ、宮尾俊太郎のコンラッド、西野隼人のアリ、井上とも美のグルナーラというキャスティングで観ることができた。アリを踊った西野隼人は主役としては初見だが、北海道出身で、オランダで踊ったキャリアの持ち主だという。動きは俊敏で明快だった。登場人物としてどういうことを表現しようとして踊っているかも良く伝わってきたが、少し暗い印象を残してしまいかねないので、開放的なおおらかな気分を踊りの中で強調してもいいのではないか、と思った。松岡のメドーラは美しく落ち着いた演技で申し分なかった。宮尾のコンラッドも海賊の首領らしくなかなの貫禄をみせてくれた。アリとの呼吸もあっていたが、さらに深められる部分もあるかもしれない、とも感じた。
クラシック・バレエの歴史の中で何回もリメイクされてきた題材を、説得力あるオリジナル・ヴァージョンとして堂々と制作する力量を備えたカンパニーがあることは、日本のバレエにとってじつに素晴らしいことである。
(2012年5月26日 Bunkamura オーチャードホール)

tokyo1206c03.jpg 撮影/小川峻毅