ワールドレポート ~世界のダンス最前線~

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関口 紘一 text by Koichi Sekiguchi 
[2012.03.12]

ワルツに魅了された夫と妻の恋、プテイとシュトラウスの『こうもり』

ローラン・プティ振付『こうもり』
新国立劇場バレエ団

新国立劇場バレエ団の『こうもり』のゲスト・アーティストは、初登場のペゴーニャ・カオ(イングリッシュ・ナショナル・バレエ団)とこの作品を何度か踊っているロバート・テューズリーだったが、主役のベラを小野綾子、ヨハンを菅野英男、ウルリックは吉本泰久で観た。音楽はワルツ王と称えられたヨハン・シュトラウスII世。

tokyo1203g01.jpg撮影/鹿摩隆司

冒頭は意外に子沢山のべラ一家の有り様。召使いと奥様と子供たちのやりとりや夫婦の関係などがさり気なく描かれる。ここでオデコから指をピーンと撥ねて子供の気鬱をとんでけ!という表現と、べラが夫に室内履きを履かせようとするシーンがあるが、この表現は効果的にピリリと皮肉を利かせて終幕で繰り返される。
舞台装置は程良く省略されて具体的なテーブルと椅子だけを配している。背景にはかなり細長い窓が設えられている。これは夫ヨハンが家に捕らえられて無聊をかこち、外の世界に憧れて希望を見いだしている心と、天に飛び立ってあそびまわろうと夢みている気持ちを表しているのだろう。
妻のベラに密かに憧れてい友人のウルリックが登場すると、家の中はたちまちにぎやかになり、テンポが一気に速まる。このあたりの描写はヨーロッパの上流家庭をカリカルチャライズしているが、決して意地悪な視線はなく、どこか好奇心に溢れた少年が覗き見しているよう。この「優しいアイロニー」とでも呼びたいような視線は、強弱の差はあるがローラン・プティのバレエに共通するものだ。
そしてこのテンポの速い動きが、ヨハン・シュトラウスII世のワルツの魅力のすべてを舞台のうえに視覚化していく。その動きの華麗な多彩さは見事というほかなく、ヨーロッパの音楽文化の豊さが遺憾なく発揮されている。プティもこの物語は、ヨハン・シュトラウスII世の音楽が夢みさせたのだ、と言っているではないか。そしてまた、バランシンが振付けた美しい『ヴァルス』も思い起こさせる。
「こうもり」は浮気性を表しているといえるが、それだけではなく人間性の中に隠されている動物的なもの、というかプティの物語性のあるほとんどの作品に登場する、人間の理性では説明できない存在にかかわる何か、と関連づけて観ることができる。

この洗練されて楽しく洒落ていて生き生きと音楽的なバレエを観て論じるべきは、やはり、ベラに扮した小野綾子だろう。主人公のべラを魅力的に気持ちの襞まできちんと踊りきった実力には感心した。
夫に飽きられるているかもしれない妻の気持ちをやわらかいタッチで現し、ウルリックのさり気ない(少々露骨なところもあったかもしれないが)誘いをかわしなから、夫を完膚なきまでに魅了してしまう。ウルリックの教育を受けて夜会に登場したベラを、ヨハンはこうもりの羽を使って逃れてきた妻を、今度は追いかけるわけだから。
もちろん、家にいる時から魅力的だっだけれど、魅惑的なドレスを纏って夜会に姿を現した小野絢子のベラは、さすがに美しかった。このバレエが観客を充分に納得させるのにふさわしい美しさだったことは間違いない。
ローラン・プティの『こうもり』は、1979年、彼が芸術監督を務めていたマルセイユ・バレエ団によってモンテカルロ・オペラ座で初演された。妻ベラをジジ・ジャンメール、夫ヨハンをオペラ座のエトワール、マチューの父デニス・ガニオ、友人ウルリックをこの舞台のステージングを行っているルイジ・ボニノが踊った。プテイとシュトラウスの『こうもり』は、21世紀まで踊り続けられ、古びるどころか主役のベラを踊る新しいダンサーを得て、ますます輝きを放つバレエとなっているのではないだろうか。
(2012年2月12日 新国立劇場 オペラパレス)

tokyo1203g02.jpg撮影/鹿摩隆司 tokyo1203g03.jpg撮影/鹿摩隆司