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[2012.03.12]

王子の心の葛藤をダイナミックに描いたグリゴローヴィチ版『白鳥の湖』

The Bolshoi Ballet ボリショイ・バレエ団
Yury Grigorovich  "SWAN LAKE" ユーリ・グリゴローヴィチ振付『白鳥の湖』

ボリショイ・バレエのグリゴローヴィチ版『白鳥の湖』は、マーリヤ・アレクサンドロワのオデット/オディール、ルスラン・スクヴォルツォフのジークフリート王子、ウラディスラフ・ラントラートフの悪魔ロットバルトというキャストだった。

tokyo1203c_0041.jpg 撮影:瀬戸秀美

物語は無上の愛を求める王子ジークフリートが悪魔ロットバルトに惑わされて、オデットの愛を裏切ってしまう、という展開だが、ロットバルトはジークフリートの内面と深く関わっている。というよりもジークフリートの心の中で無上の愛とそれを否定する悪魔的なるものが葛藤を繰り広げている。
ジークフリートがやがて王となる現実の王国を表す壮麗な雰囲気のエンブレムと、ロットバルトの支配する悪魔の国を表す白鳥と黒鳥が不気味に対峙する幻想的なエンブレムが舞台の天から吊るされ、それぞれのシーンに応じて入れ替わる。両方とも同じ素材の紗幕でできていて、ドラマティックな局面になると、彼方の国の出来事がエンブレム越しに幻想のように透けてみえる。

tokyo1203c_0260.jpg 撮影:瀬戸秀美

第2幕第1場では、ジークフリートがオディール&ロットバルトのペアに幻惑されて永遠の愛を誓うと、裏切られて絶望したオデットの姿が結界を越えて幻像のように眼の前に現れる。そこではジークフリート、オデット、ロットバルト、オディールが一堂に会し、ドラマが集約されてクライマックスを迎える。それは真実の愛を求めるジークフリード自身の心の葛藤がヴィジュアルとして映し出されているのだ。
そして旧来の演出では2幕と3幕に分けられて幕を降ろすことの多いこの場面転換を、一気に白鳥たちが捕らえられている湖畔のシーンへと雪崩れ込むようにテンポを速めて進んでいく。そこにジークフリートに裏切られ、人間に戻るすべを失ったオデットが駆け込んできて、白鳥の集団はパニック状態となるが、ジークフリートの激しい悔恨と許しを乞う姿が踊られ、やがては諦観へと心がむかい、次第に緩やかなテンポになっていく。ここら辺りの緩急自在の展開は、演出家グリゴローヴィチの独擅場とも言うべき優れた手腕が遺憾なく発揮されている。得意の二元対立ドラマのダイナミックな展開が成功している。
この『白鳥の湖』のエンディングは、様々なヴァージョンが創り出されて、種々論議を巻き起こしてきた。グリゴローヴィチ版ではジークフリートの裏切りにより、オデットは息絶えるが、ただ一人となったジークフリートを絶望の淵に呆然と佇ませたまま幕を降ろす、という思い切ったエンディングを用意していた。これは『ジゼル』のラストシーンで立ち尽くすアルブレヒトと同様に感じられるかも知れない。しかし『ジゼル』は因果応報の果てに、朝の光と鐘の音により魂が救済されるエンディングであり、アルブレヒト19世紀バレエの典型的な登場人物である。一方、グリゴローヴィチ版のジークフリートは、主体的に真実の愛を求め、心の葛藤の末に愛を喪失する。時系列的な因果関係を越えた内的対立のドラマであり、同じようにラストシーンに立ち尽くしていたとしても20世紀バレエの登場人物と言えるだろう。

オデット/オディールを踊ったアレクサンドロワは、マリインスキー・バレエのロパトキナのような研ぎ澄まされ一分の隙もないラインを描く踊りとはまた異なった、独特の人間味を感じさせるタッチの踊り。それは墨をたっぷりと含ませた毛筆で描くラインのような、ちょと東洋的な印象を与える雰囲気があって、彼女ならではの魅力を放っていた。
スクヴォルツォフのジークフリートは落ち着いていて、どのような局面に立っても王子らしい高貴でジェントルな心を失わなない人物像を表現しようとしていた。そのためだろうか、ラストの立ち尽くすジークフリートは、喪失した愛を取り戻すことは出来ないかも知れない宿命だが、喪失を抱えたまま一段と成長した人物として生きて行くことができるだろう、観劇後にはそう感じさせる印象を残していた。
(2012年2月4日 東京文化会館)