ワールドレポート ~世界のダンス最前線~

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関口 紘一 text by Koichi Sekiguchi 
[2011.10.11]
去る9月6日、シディ・ラルビ・シェルカウイが手塚治虫を主題として創った新作『テヅカ TeZukA』が、ロンドンのサドラーズ・ウエルズ劇場で世界初演された。シェルカウイは、まさにこの作品のリハーサルの初日に東日本大震災に遭遇した。地震のない国からやって来てさぞや狼狽えたのではないか、と思ったが、意外にも冷静にその瞬間を分析し、「突然自分に何が大切かを思い知らされた」という。そしてもちろん、震災は『テヅカ TeZukA』にもしっかりとインパクトを与えているとシェルカウイは語っている。
新国立劇場の芸術監督デヴィッド・ビントレーもまた、公演を1週間後に控えた「ダイナミック ダンス!」のリハーサル中に震災に遭遇した。この公演は開催されなかったが、ビントレーはその後、アーティストの来日中止が相次ぐ中、自身が率いるバーミンガム・ロイヤル・バレエ団の来日公演を敢行し、積極的にチャリティ・ナイトを行った。そして最近の動静によると、新作『パゴダの王子』への日本文化の浸透がいっそう進んでいるようにも感じられる。
コンテンポラリー・ダンスとバレエの世界的アーティストの新作に、震災を契機としてどのような「日本」が現れてくるのか、注目しておきたいと思う。

豊穣を感じさせたダンス表現、ニジンスカ版『ラ・フィユ・マル・ガルデ』

ブルース・マークス演出・再振付(ニジンスカ版による)『ラ・フィユ・マル・ガルデ』
マリウス・プティパ原振付、ナタリア・ボスクレシェンスカヤ再振付『時の踊り』
NBAバレエ団

『ラ・フィユ・マル・ガルデ』は、今日ではエロールの曲をランチベリーが編曲した音楽によるアシュトン版が良く知られているが、ニジンスカ版はプティパ、イワノフ版などで使われたヘルテルの曲に振付けられている。
今回上演されたNBAバレエ団がレパートリーとしているニジンスカ版『ラ・フィユ・マル・ガルデ』は、踊りが舞台から溢れ出るように繰り広げられる小気味のいいヴァージョンだった。

tokyo1110a01.jpg© 鹿摩写真

まず幕開きは、リーズの母親シモーヌと噂好きの女の子とのおしゃべりから始まる。村人の女の子たちのパステル調の赤いスカートとアイボリーのエプロンが、このバレエの心躍る楽しい気分を象徴的に表していてとても可愛らしい。どこまでものどかな田舎の明るい雰囲気が、村人たち踊りのおおらかで溌剌としたトーンにより、客席にも活き活きと伝わってくるのが分かる。
アシュトン版にも描かれている、突然、風雨が吹き荒れる夕立のシーンや麦の俵に隠れて侵入したコーラスが無邪気に空想にふけるリーズの目の前に姿を現したり、そのコーラスが隠れている部屋に何も知らないシモーヌがリーズを閉じ込めてしまったりするエピソードは、コメディ・バレエとして秀逸。しかしニジンスカ版は、そのエピソードそのもののナラティヴな面白さを強調しようとはせず、むしろそのシュチュエーションよって人々の闊達な踊りが導きだされる、というふうに扱っているところが非常に興味深かった。
第2幕ではシモーヌとアランの父、ドン・トーマス(彼はアシュトン版とちがって大活躍)のパ・ド・ドゥ、アランと噂好きの女の子たちのパ・ド・トロワ、リーズとコーラスのパ・ド・ドゥが踊られるが、どれも充分に楽しめた。特にパ・ド・トロワはアランの天真爛漫な生きる喜びが感じられていい。アランを単に頭の弱い青年としてコメディの素材にするのではなく、無心に蝶を追い回す自然を象徴するような野生児としているところはたいへんに好感が持てる。
アシュトン版のシモーヌの木靴の踊りが刻むリズム、アランの蝙蝠傘へのフェテッシュなこだわりも面白かったし、演劇的シーンの巧みさも素晴らしい。しかしニジンスカ版の自然と人間が織り成す出来事と感情の機微のすべてがダンスの中に溶融していく舞台には、抗いきれないような魅力が横溢してた。ニジンスカ版で踊られているダンスは、プリミティブな人間の存在そのものを賞賛し謳っているのである。そんな気持ちにさせられた舞台だった。

前回公演でもリーズを踊った峰岸千晶は、やはり役のツボをおさえた全幕を通して安定感のある踊りだった。そして奥村康祐のコーラスが良かった。若々しい踊りで登場人物のラインがくっきりと描かれている。舞台全体をリードしてひっぱていくことのできるダンサーなので、今後の活躍がいっそう期待できそうだ。アラン役の大島康正は派手ではないが、味のある演技だった。シモーヌのアレキサンダー・ミシューチンとドン・トーマスを踊ったマクシム・グージェレフは、なかなか息の合ったコンビネーションで楽しませてくれた。これからも折に触れて観たくなる舞台になると思う。
ポンキエッリ音楽、プティパの原振付をボスクレシェンスカヤが再振付けした『時の踊り』が同時に上演された。この作品は、ダンスと人間の生きるリズムをひとつの表現として舞台に表していて印象に残った。
(2011年9月11日 板橋区立文化会館 大ホール)

tokyo1110a02.jpg© 鹿摩写真 tokyo1110a03.jpg© 鹿摩写真