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佐々木 三重子 text by Mieko Sasaki 
[2011.02.10]

自ら夢を叶える現代版『シンデレラ』とマラーホフの演技が衝撃的な『チャイコフスキー』

Vladimir Malakhov “CINDERELLA”/
Boris Eifman “TCHAIKOVSKY”:STAATSBALLETT BERLIN
ウラジーミル・マラーホフ演出・振付『シンデレラ』/
ボリス・エイフマン演出・振付『チャイコフスキー』:ベルリン国立バレエ団

芸術監督ウラジーミル・マラーホフに率いられて、ベルリン国立バレエ団が5年振りに来日した。同団は、2004年にベルリンの3つのバレエ団を統合して組織された大規模なカンパニー。前回は誕生間もない2005年の来演だったが、今回はマラーホフ・カラーを浸透させての来日である。演目は、おとぎ話を現代に移し換えたマラーホフの独創的な演出・振付が話題の『シンデレラ』と、ロシア・バレエの鬼才ボリス・エイフマンがチャイコフスキーの生涯をその“暗部”も含めて赤裸々に描いた代表作をマラーホフのために改訂した『チャイコフスキー』という2つの全幕ものとガラ公演だった。

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『シンデレラ』
『シンデレラ』(2004年初演)は、新設されたバレエ団にマラーホフが振付けた最初の作品。現代版というと、ハリウッドを舞台にしたヌレエフ版が知られるが、マラーホフはバレエ団に設定した。シンデレラは著名なゲスト・ダンサーの相手役に選ばれたいと願う新進ダンサーである。父親は彼女を熱心に指導するバレエ・マスターで、亡き母親は彼女が憧れる元プリマ・バレリーナ、継母はシンデレラを無視して他のダンサーをえこひいきする芸術監督、シンデレラをいじめる義理の姉たちは男性により演じられる甘いモノ好きのバレリーナとアル中のバレリーナとして登場する。
舞台は稽古場で始まり、レッスンや衣装の取り合いを通じてシンデレラの置かれた状況が描かれる。稽古場に閉じ込められたシンデレラは寝入って夢を見る。稽古場は王宮に変わり、元プリマ・バレリーナは仙女に変身し、四季の妖精はシンデレラに晴れ着を贈る。舞踏会は夢の中での出来事で、王子がシンデレラに魅せられて一緒に踊るうちに真夜中の12時になり、シンデレラは夢から覚め、稽古が再開されるという展開。
夢の中での王子はゲスト・ダンサーとして登場し、シンデレラとパートナーに選んで踊る。一緒にライトを浴びるうち、いつの間にか花束を抱えたシンデレラだけになり、新しいスターの誕生を告げるようにして終わる。

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マラーホフは、自分が抜擢したポリーナ・セミオノワをモデルにしたというだけに、王子様と結ばれて幸せになるというお話しではなく、自ら夢を叶える強さのある女性を想定したようで、ダンサーや人間としての成長も描き込んでいる。だが振付はといえば、例えば稽古場でシンデレラが踊るシーンは細切れ的で印象が薄く、むしろ稽古場に残されたシンデレラが、意地悪な甘いもの好きのバレリーナとアル中のバレリーナの身振りを面白おかしく真似る様が印象に残った。ゲスト・ダンサー(王子)とのパ・ド・ドゥは流れるように組み立てられていたが、盛り上がりに欠けていたように思う。そんな中、男性が演じた甘いモノ好きのバレリーナとアル中のバレリーナのコミカルな仕草や踊りが笑いを誘った。四季の妖精のソロは味付けを変えるなど工夫されていたが、総じて群舞は今一つだった。

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シンデレラを踊ったのはヤーナ・サレンコ。小柄だがチャーミングで、テクニックも確か。控え目なダンサーから自分を信じ、輝きを増してく様を自然体で表現した。ゲスト・ダンサーと王子役のマリアン・ヴァルターは清潔な青年というイメージ。おおらかなジャンプなど見せ場はあったが、シンデレラの引き立て役のような演出だった。甘いモノ好きのバレリーナのライナー・クレンシュテッターと、アル中のバレリーナのフェデリコ・スパリッタは、トゥシューズで巧みにポアントをこなし、ハイヒールで器用に回転技を披露して楽しませた。春の妖精の菅野芙里奈と秋の妖精の寺井七海も健闘していた。ガラスの靴やシンデレラ探しの旅はなくても構わないが、正味1時間40分の舞台はあっけなく終わってしまい、正直なところ、少々物足りなさを覚えた。
(2011年1月15日夜、東京文化会館)

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『チャイコフスキー』
エイフマンの『チャイコフスキー』は、副題〈生と死のミステリー〉が示すように、謎の多い偉大な作曲家の生涯を、創作の苦しみや支援者フォン・メック夫人との関係、不幸な結婚生活、性的嗜好や賭博にのめり込む弱さなど、様々な角度から探り、その実像に迫ろうとしたシリアスな作品。初演は1993年だが、2006年、マラーホフのために改訂版が作られた。
卓越しているのは、チャイコフスキーの分身を登場させたこと。加えて、彼が作曲したバレエやオペラの登場人物を織り込んだこと。そうすることで、作曲家の心の奥底に潜む思いや分裂的な性格をより一層露わにしてみせた。音楽は交響曲第5番や第6番〈悲愴〉、『弦楽セレナード ハ長調』など、チャイコフスキーのバレエ以外の曲で構成した。

物語は2幕仕立てで、チャイコフスキーが死の間際に人生を回想する形で展開する。
冒頭、マラーホフが死後の硬直を思わせる姿でベッドに横たわる姿からして鮮烈な印象を与えた。
分身はチャイコフスキーにつきまとい、彼が覆い隠そうとするものを引き出し、天才の狂気の部分をあおって悩ませる。実在した2人の女性は対極的な描写。妻のミリュコワは、作曲家に執拗にまとわりつき、花嫁衣装のヴェールを彼に巻きつけて束縛しようとする。だが愛を得られずに正気を失い、果てはスキンヘッドで欲望に身を任せるのだ。もう一人の、作曲家を物心両面で援助したフォン・メック夫人は上品で慎ましい女性として描かれていた。だがそれだけで終わらず、チャイコフスキーの人生を呪いで操ろうとする妖精カラボスとして、また賭博場ではスペードの女王としても登場するのだ。妻とフォン・メック夫人がネズミの被りものをかぶり、チャイコスフキーを脅かす存在として現れたシーンもあったことを思うと、エイフマンが示唆するものは奥深い。これに、作曲家の光と影を象徴するようなドロッセルマイヤーとロットバルト、作曲家が求める純粋な白鳥たちと彼の同性愛の嗜好をにおわす男性が踊る黒鳥たち、自分がなりたかった理想像のような王子といったキャラクターも加わり、作曲家の妄想や葛藤を浮き彫りにしてみせた。

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マラーホフはほとんど出ずっぱりで、アクロバティックなジャンプや回転を精力的にこなし、理想と現実の落差に苦しむ姿を全身で伝え、傷つきやすい精神が引き裂かれていく様をリアルに演じた。賭博場で男たちに翻弄されるシーンは暴力的だが妖しげでもあり、円卓の上で逆さに吊るされたまま布で覆われていく最後には息を呑んだ。どうやら、現世にも死後の世界にも救いは見いだせないようだ。
分身のほかドロッセルマイヤーやロットバルトも務めたヴィスラウ・デュデクは長身で、マラーホフの後にそびえ立ち、シャープな足さばきで迫り、マラーホフと火花を散らすような熾烈なパ・ド・ドゥを踊った。チャイコフスキーの妻を演じたナディア・サイダコワは奔放さを増していき、スキンヘッドで狂ったように踊る姿には凄みを感じた。フォン・メック夫人のベアトリス・クノップは怜悧な佇まいで謎めいた雰囲気をまとい、王子や若者を演じたディヌ・タマズラカルは溌剌とした輝きを伝えた。ほかにも、荒々しい黒鳥たちの踊りや男女のペアによる思わせぶりなワルツ、運命を賭すようなカードたちのダイナミックな群舞など、ダンサーたちは一体になってドラマを築き、見応えある舞台を作り上げていた。
(2011年1月20日、東京文化会館)

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Photos:KiyonoriHasegawa