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佐々木 三重子 text by Mieko Sasaki 
[2011.01.11]

三島の美学に寄り添ったベジャールの『M』

Maurice Bejart “M”
モーリス・ベジャール振付『M』 東京バレエ団
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東京バレエ団が、三島由紀夫の生誕85年と没後40年を記念して、ベジャールが三島の文学や思想、美学を立体的にとらえた『M』を5年振りに上演した。
今回の話題は、4人の三島の分身を1993年の初演時のダンサーが演じたこと。特に、身体の不調で公演活動から退いた元モーリス・ベジャール・バレエ団の小林十市が、この公演のために7年振りに舞台に復帰したことだった。だが何よりもまず、三島に対するベジャールの深い洞察力に改めて感心した。既に知られていることだが、『M』は三島の頭文字であり、この作品の構想と深い関わりを持つ、Mで始まるフランス語の〈海〉〈変容〉〈死〉〈神話〉にも通じる。多義性を持たせる一方で、ベジャールは三島の『鏡子の家』にヒントを得て、4人の分身を用いて三島像に迫った。言葉を紡ぐ作家のほか、内なる精神をつかさどり、力で支え、行動を起こすといったキャラクターを、「I ‐イチ」「II ‐ニ」「III ‐サン」「IV ‐シ(死)」で象徴的に配するというアイデアは卓越している。これに『仮面の告白』に描かれた「聖セバスチャン」を加え、彼を三島にとっての理想のシンボルとして提示したのである。

幕開けは『潮騒』のイメージで、波の音が響き、青緑色の衣装の女性たちが海の光景を描く中、学習院初等科の制服姿の「少年」の三島が祖母に手を引かれて現れる。三島に多大な影響を与えた祖母を演じたのは「シ」で、「少年」は「シ」に導かれる形で自決に至る人生をたどることになる。冒頭で、「シ」は黒い箱に少年を入れて扉を閉じた。扉を開けると「少年」の姿が消えているが、箱を一回転させて再び開けると、「少年」が般若の面をつけて現れた。「シ」のマジックは謎掛けのように思えた。続いて『仮面の告白』や『禁色』『鹿鳴館』『金閣寺』『憂国』などの断片を織り込むようにして、45年の三島の生涯が綴られた。

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傑出していたのは、まず「聖セバスチャン」の登場シーン。袴姿の男が弓道の所作に従って上手に向かって弓を引くと、舞台中央の的が戸板返しになり、両手を縛られ、体に矢を射られた「聖セバスチャン」が現れた。男が弓を引く行動に移るまでの無音の状態がかなり長く、見守る三島の分身たちが微動だにしないこともあり、観る側も集中力を共有することになった。円形の巨大な鏡が下りてきて「聖セバスチャン」のソロを上方から映し出したが、『禁色』を暗示するオレンジ(高木綾)やローズ(西村真由美)、ヴァイオレット(井脇幸江)の色鮮やかな衣装を着た女性が加わると、鏡は倒錯の世界を映し出しもした。

クライマックスは、盾の会の男たちが桜の枝を持って整列し、桜吹雪が舞う中、「少年」が切腹する場面。音楽はワーグナーの『トリスタンとイゾルデ』から“愛の死”だが、壮麗なオーケストラ演奏ではなく、ピアノの生演奏が用いられた。切腹の後は、シャンソン〈待ちましょう〉に変わった。「シ」が「少年」の体から流れ出る血である赤いリボンを引き出し、登場人物たち全員を繋いで消えると、舞台は潮騒のシーンに戻り、祖母に手を引かれた「少年」が最初に上って来た階段を下りていく。生の中に常に死の影を感じながら輪廻を志向した、ベジャールならではの幕切れだった。

ダンサーでは、「イチ」の高岸直樹は「ニ」や「サン」を率いるようなスケールの大きな踊りと演技を見せ、「ニ」の後藤晴雄は物事を受容し包み込むような柔軟さを表し、「サン」の木村和夫は活力にあふれた力強い踊りをこなした。顔を白く塗った「シ」の小林は、ダイナミックに、またしなやかにと、三島の心の内を伝えるソロを細やかに踊り分けながら、要所で狂言回しの役も務めて舞台を引き締め、終始、密度の濃い演技を見せた。初演から17年という歳月を身体と心に刻んだ4人の共演は気迫十分で、感慨深いものがあった。「聖セバスチャン」は初役という長瀬直義は、瑞々しい身体をさらし、弾けるように舞い、エロスの匂いを漂わせ、また全身に苦悩を滲ませて踊り、個性を放った。5人のキーパーソンに交じり、動じることなく冷静に「少年」を演じ切った肥田宏哉も評価に値する。女性では、「海上の月」の小出領子の輝くようなソロと、「女」の吉岡美佳の身体を研ぎ澄ませた踊りも印象に残った。
(2010年12月18日 東京文化会館)

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Photo:KiyonoriHasegawa
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