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佐々木 三重子 text by Mieko Sasaki 
[2010.06.10]

『オネーギン』で創立45周年記念公演を完結させた東京バレエ団

John Cranko “Onegin”
ジョン・クランコ振付『オネーギン』 東京バレエ団
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東京バレエ団が、創立45周年記念公演のフィナーレに、クランコの『オネーギン』を日本のバレエ団として初演した。プーシキンの小説を基に、チャイコフスキーの音楽を用いてバレエ化した1965年の傑作。ニヒルな都会の青年貴族オネーギンは、田舎の地主の娘タチヤーナに愛を告白されて拒み、気まぐれにタチヤーナの妹で友人レンスキーの婚約者オリガに近づいてレンスキーから決闘を申し込まれ、彼を倒す。放浪の後、グレーミン公爵夫人となったタチヤーナと再会し、今度は彼から愛を告白するが、貞淑なタチヤーナに拒否される。クランコは、この哀しい愛のすれ違いを、タチヤーナに焦点を当て、緻密な構成の下、心の動きと合致したドラマティックな振付で描いている。

主役のオネーギンとタチヤーナはトリプルキャスト。高岸直樹と吉岡美佳、木村和夫と斎藤友佳理、後藤晴雄と田中結子の3組のうち、タチヤーナの役に特別な思い入れのある斎藤が踊った日を観た。斎藤は、クランコのミューズだったマリシア・ハイデから終幕のパ・ド・ドゥの指導を受けたことがあり、またロシアに住み、原作を読み、『オネーゲン』の世界に親しんでいるだけに、さすがに入念な役作り。文学の世界に浸っている冒頭は、まだしっくりこなかったが、オネーギンに腕を取られた時の心のときめきや、背に手をかけようとしてできないもどかしさは、リアルに伝わってきた。ただ、ここはこういう気持ち、ここでこう変わるといったように、説明的に作りすぎの部分も感じられたが、踊りではごく自然に溢れるような感情表現を見せた。

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鏡から現れたオネーギンの幻影と踊る“鏡のパ・ド・ドゥ”では、リフトの多い躍動的なデュオに、高揚する心をほとばしらせた。だが、舞踏会でグレーミン公爵(平野玲)と踊る場面では、妻としての恭順を示すためか、控え目すぎて人形のように映った。見せ場は、やはり終幕のオネーギンとのパ・ド・ドゥだった。彼の来訪を予感しての落ち着きのなさ、よみがえる恋心、乱れる心を懸命に抑える辛さ、告別の決断など、揺れ動く心のうちを、繊細な手先や、リフトされた時の宙に浮くようなポーズなど、全身の動きに翻訳して伝えた。木村も、感情も露わにタチヤーナに迫り、すがり、抱きかかえ、懇願しと、ヴォルテージを上げていき、決別を宣言されて去るまで、奔流のような踊りにのせて一気に突き進んだ。二人の息遣いも見事に合い、迫真のデュオだった。
オネーギンのようなクールな役は日本人には苦手かもしれないが、木村はよく健闘したと思う。場面に応じて、慇懃に、無礼に、冷酷にと装いを変えた。もう少し工夫して欲しい場面もあったが、タチヤーナと再会した後、虚しさに煽られるように踊るソロは緊迫感があった。高村順子は愛らしいオリガを好演。婚約者を無視してオネーギンと踊る様も悪戯心からという趣だった。レンスキーに抜擢された井上良太は、高村と爽やかにパ・ド・ドゥを踊ったが、決闘を前にしたソロでの苦悩の表出は今一つだった。タチヤーナの友人たちのエネルギッシュな群舞や、舞踏会での格調高い群舞など、アクロバティックな技が完璧ではない所はあったが、それぞれに趣向が凝らされおり楽しめた。昨年9月の『ラ・バヤデール』と今年2月の『シルヴィア』に続き、今回の『オネーギン』と、大作を立て続けに採り入れた東京バレエ団の意欲と実力を改めて思った。
(2010年5月15日、東京文化会館)

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撮影:Kiyonori Hasegawa
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