ワールドレポート ~世界のダンス最前線~

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関口 紘一 text by Koichi Sekiguchi 
[2010.04.12]
花ざかりの春。平城遷都1300年を祝う年に当たると言う。 過日、私も花の香りに誘われて、特別公開されている奈良、法華寺の十一面観音立像を観てきた。多くの十一面観音像がそうであるように、軽く腰を捻った流麗なラインが美しい。しかしこの観音のお姿は、僅かに差し出した右足の親指が軽く上に反っているのが特徴となっている。光明皇后が蓮池をお渡りになっている姿をうつしたものとも伝えられるが、じつに微妙な動きの一瞬を捉えていて、純粋な光りに満ちた現世の宗教的な現実を<リアル>に浮かび上がらせている。繊細な情感を漂わせる見事な彫刻だった。 古代の人々は、ギリシャローマであれガンダーラであれ飛鳥天平であれ、なぜ膨大な数の像を刻んだのか。そして、一瞬のうちに永遠を定着しようとした彼らの試みを、今日の舞踊家はどの様に感じるだろうか。

全身でシフォニーを奏でるニーナの踊り、グルジア・バレエ『ロミオとジュリエット』

Nina ANANIASHIVILI & STATE BALLET of GEORGIA
ニーナ・アナニアシヴィリ&グルジア国立バレエ団

2004年以来、ニーナ・アナニアシヴィリが芸術監督を務めるグルジア国立バレエ団が、『ロミオとジュリエット』『ジゼル』を上演した。ニーナは今年、日本デビュー20周年を迎え、ABTも既に引退した。今後は、多くの優れた舞踊家を輩出している故国グルジアのバレエの発展に大いに寄与していくことだろう。

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『ロミオとジュリエット』
グルジア国立バレエ団の『ロミオとジュリエット』は、レオニード・ラヴロフスキー版だが息子のミハイルが改訂振付を行い、コルネーエフ、イワノワ、ファジェーチェフがそれを補佐している。ミハイル・ラヴロフスキーは、かつてボリショイ・バレエ団で踊り、80年代にはグルジア国立バレエ団の芸術監督も務めていた。
ゲストには、ボリショイ・バレエ団のプリンシパル・ダンサー、アンドレイ・ウヴァーロフがロミオを踊り、唯一の日本人ソリスト、岩田守弘が招かれ、マキューシオを踊った。
グルジア国立バレエ団のヴァージョンは、短時日の間につぎつぎとドラマティックな出来事が起る『ロミオとジュリエット』の悲劇を、中割り幕とその幕前を使って時間と空間を交錯させつつ、テンポ良く描いている。また、全体をヴェローナの若者たちの群像劇風に仕立て、登場人物の衣裳デザインや色彩をデフォルメさせて表している。マクミラン版の社会風俗的なリアルな描写よりも、クランコ版の人間劇風の表現に近いのかも知れない。

見せ場は、長身のウヴァーロフのロミオとニーナのジュリエットが月光に映し出されて踊るパ・ド・ドゥ。ロシア・バレエらしい闊達な吹き渡る風のような生命力溢れるダンスだった。
そして極め付は、ニーナのジュリエットが仮死状態になる薬を受け取ってから、自分の部屋に戻り、父と母にパリスとの結婚を受け入れると偽って告げ、ベッドに倒れ込むまで。
ここはニーナの一人芝居ともいうべきシーンで、いわゆる舞踊的には特別に見るべきものがないかも知れない。しかし、緊迫感を漂わせながらもその一途の流れるような動きは、表情豊かな全身がまるでシンフォニーを奏でているかのような音楽性を感じさせ、喩えれば、ロシアの強力な戦車のキャタピラによっても犯すことのできない愛の絶対性を揺るぎなく表していた。そして愛するロミオがあわただしく去って行った窓辺から、その彼方を見詰める眼差しには、神々しささえ垣間見えた。利権目当てに野合結婚した輩には生涯理解することのできないドラマである。
ウヴァーロフの、若者たちと踊る時には持て余し気味だった長い手足が、ニーナと踊ると見事に美しい軌跡を描いた。初めの頃は、愛が灯っているのかどうか分かりにくかったロミオが、ジュリエットの火照りを受けて輝いた。
岩田守弘のマキューシオも躍動した。俊敏な動きが、この悲劇のもうひとつの要をきりっと絞め、いっそう高いもへと導いた。また、パリス(ワシル・アフメテリ)をよくみられるように揶揄して描かなかったのことが、ジュリエットの心情を際立たせるのに役立っていた。

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『ジゼル』
グルジア国立バレエ団の『ジゼル』は、コラーリ、ペロー、プティパの振付をアレクセイ・ファジェーチェフがラストルグーエワの補佐を受けて改訂したヴァージョン。ニーナのジゼルとやはりウヴァーロフがアルブレヒトを踊った。

第1幕は原典に敬意をはらいながら演出・振付に工夫を凝らしている。
例えば、母親のベルタが、森に迷い込んだ旅人をウィリたちが死ぬまで踊らせる、という恐ろしい伝説をジゼルに話して聞かせる有名なマイムのシーン。ここで、アルブレヒトに愛され、楽しい収穫祭の中で無心にダンスに興じていた幸せなジゼルは、胸に迫るいい知れぬ悲劇の予感に、一瞬、気を失う。この演出は、近い将来に起きるジゼルの哀しい運命の伏線となり、近年の振付では軽視されがちなバレエのマイムを、ドラマの展開の中にじつに上手く収めて、見事な効果を上げている。
しかしジゼルが狂乱するシーンでは、アルブレヒトにあまり積極的な表現が与えられていない。ジゼルが息絶えてしまうという出来事の当事者として、目の前の現実にどれほどの衝撃を受けるのか、アルブレヒトはそれを強くアピールしなくてはならないはずだ。このシーンのウヴァーロフの動きはやや淡白で、その痛切な心の叫びがもうひとつ聞えてこなかったようだった。

第2幕はボリショイ・バレエの決定版ともいうべき演出にならって創られていた。思い切ったスローテンポで、ミルタとウィリたちを踊らせていて、墓の中から登場した、苦悶を抱えたままウィリになったばかりのジゼルの気持を一気に表す。ニーナの見事な足捌きと素早いが柔らかく優雅な動きが際立った。彼女にとっては、数知れず踊っているシーンだが、何度観ても胸を打たれ感心させられる。ウヴァーロフも黒い衣装の第2幕では、さすがにしっとりとした情感を滲ませ、命の通ったダンスを見せた。

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撮影:瀬戸秀美
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(『ジゼル』2010年3月3日 『ロミオとジュリエット』3月5日 東京文化会館)