ワールドレポート ~世界のダンス最前線~

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関口 紘一 text by Koichi Sekiguchi 
[2010.03.10]
パリ、ロンドン、ベルリンと小旅行をしてきた。パリではロシア革命後に亡命した舞踊家のクラスを再現するシリーズ----チェケッティ、プレオブラジェンスカ編を見学してきた。これは非常に興味深い催しで、その後も楽しい交流を経験してきたので、後日ご報告したい。 しかしまた、パリでは嫌な想いもした。集中的に日本人を狙った窃盗などの犯罪が頻発している。ぼやぼやしていて盗られるほうが悪い、というのだが、そんなことはあるまい。盗るほうが悪いに決まっている。しかしそう思っている人はいない。日本人がお人好しで現金を持ち歩くからトロイのだそうだ。ここはヨーロッパのひいては世界の中心だから当然、というかもしれないが、中心だろうが辺境だろうが、他人のもの、他人が営々と築いてきたものに、おいそれと手を出していいはずがない。盗れるのなら盗ってもいい、と思う心は退廃し、法的罰則を逃れられれば何をしてもいいというなら文化は喪失してしまう。 イサドラ・ダンカンは優れた文化を創造したギリシャ人の末裔たちが、今日ではその遺産に頼り切って細々と生きていることを嘆いたが、パリも今や栄光の文化を失って、巨大なスーベニールショップと化しつつあるのではないか。

男性ダンサーたちがユーモアを交えダイナミックに踊った『三銃士』

アンドレイ・プロコフスキー 演出・振付『三銃士』
牧阿佐美バレヱ団
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ニュ-ヨーク・シティ・バレエ団でプリンシパルとして踊った後、ディレクター、振付家として活躍してきたアンドレイ・プロコフスキーの演出・振付の『三銃士』は、牧阿佐美バレヱ団のレパートリーとして、しばしば上演されてきた。アレクサンドル・デュマ(大デュマ)原作の小説を、ジュゼッペ・ヴェルディの音楽を編曲して舞踊化している。プロコフスキーのバレエは、この他にも『アンナ・カレーニナ』や『ロメオとジュリエット』が日本のバレエ団のレパートリーとなっており、分かり易いシーン構成と説得力のある振付で親しまれている。

特にこの『三銃士』では、軽いユーモアのある戯画的な振付表現が、大活躍する男性ダンサーたちの魅力をいっそう引き立てている。
それにしてもダルタニヤンとポルトス、アトス、アラミスの三銃士、バッキンガム公爵さらにはロシュフォールを踊る、活きのいい5人の男性ダンサーを同じ訓練を重ねた同一のカンパニーがダブルでキャスティングすることは、なかなか難しいと思われる。激しい剣劇シーンが見せ場のひとつとなっており、ダンサー同士が楽しんでいるようにも見受けられたが、あのゆとりをみせながら迫力を感じさせる舞台は、急ごしらえのアンサンブルでは到底難しいだろう。

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私が観た14日は、ダルタニヤン・逸見智彦、三銃士・中島哲也、宮内浩之、今勇也、バッキンガム・菊地研、ロシュフォール・塚田渉だったが、前日13日はダルタニヤン・森田健太郎、三銃士・清瀧千晴、篠宮佑一、京當侑一籠、そしてバッキンガムとロシュフォールは入れ替わっていた。やはりこの『三銃士』は、若手男性ダンサーがすくすくと育っている、牧阿佐美バレヱ団ならではのレパートリーなのである。
そしてこの演目は、ストーリーが全幕物にしては比較的シンプルだが、ダンスシーンの振付は、じっくりと組み立てられている。速いテンポで男性ダンサーたちがユーモアを交えながらダイナミックに踊るチャンバラシーンはもちろん、バッキンガム公爵殺害や女スパイのミレディやアンヌ王妃を巡るダンスも丁寧に構成されていて、じつに見応えがある。そのかわりというかバランス的にラストのダルタニヤンとコンスタンスの踊りは、グラン・パ・ド・ドゥの形式は踏襲せず、あっさりと小気味よくまとめている。逸見智彦のダルタニヤンと青山季可のコンスタンスは若々しく、余裕のある魅力的な踊り。時代劇にふさわしい優美さも兼ね備え、たっぷりと楽しめる舞台だった。
(2010年2月14日 新国立劇場 中劇場)