ワールドレポート ~世界のダンス最前線~

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関口 紘一 text by Koichi Sekiguchi 
[2009.05.11]
新緑若葉が萌え立つシーズンになりました。目が楽です。ついこの間まで残雪が日影の舗道に凍てつくサンクトペテルブルクを走り回っていたことが、まるで嘘のよう。自然の変化のスピードに気持ちの流れが追いついていけない、心理的な時差に陥っているみたいな奇妙な心持ちです。

ロホ、コルプを迎えた草刈民代の引退公演 『エスプリ~ローラン・プティの世界~』

ローラン・プティ振付、草刈民代 企画プロデュース『エスプリ~ローラン・プティの世界~』
草刈民代、イーゴリ・コルプ、タマラ・ロホ、マッシモ・ムッルほか

草刈民代が企画・プロデュースする『エスプリ~ローラン・プティの世界~』が、各国からプティ作品に馴染みの深いダンサーを招いて開催された。草刈が手掛けるプティ作品のプロデュース公演は、06年の『ソワレ』に続く2回目だが、今回のステージがバレリーナ、草刈民代の引退公演となった。

まずは、草刈民代とマッシモ・ムッルの踊る『アルルの女』(ジョルジュ・ビゼー曲)で幕が開いた。プティ独特の演技とダンスの中間のような感情と心理が込められた動きが、雄弁に女性の一心な気持ちを表している。それを受けた男性のソロでは、絶望的な心が露に晒され、担いきれない愛の重さを撥ね除けるかのように死を選ぶ。南仏プロヴァンスの明るい光の中に潜む狂気が、ゴッホの絵画の美に触れてさらに鮮烈な印象を残した。

タマラ・ロホとイーゴリ・コルプは、『プルーストあるいは心情の間欠』より「ヴァントゥイユの小楽節」(セザール・フランク曲)を踊った。第1幕のプルースト的天国のシーンで、高級娼婦オデットとスワンの恋を描くパ・ド・ドゥ。初めてプティ作品を踊るコルプの丁寧なステップとロホの明快な動きが、たいへん新鮮に感じられた。

プティ作品の理解者ルイジ・ボニーノは、もう日本でも全幕を含めて何回も踊っている『コッペリア』より「コッペリウスと人形」(レオ・ドリーブ曲)。コッペリウス博士が、愛情を込めて作った人形コッペリアと踊るシーンである。プティ自身が踊ると、言うに言われぬ老博士の哀感が情感豊かにこみ上げてくるのだが、ボニーノの踊りは人形の扱いにしてもやや配慮に欠ける。ボニーノ自身の芸を主張しすぎているようにも見える。プティはこのシーンを最大の見せ場として『コッペリア』の全幕を振付けたとも思われるのだが・・・。

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『オットー・ディックス』より~切り裂きジャック~(アルバン・ベルク曲)は、草刈民代とイーゴリ・コルプが踊った。プティがベルリン国立歌劇場バレエに委嘱されて、ドイツの画家オッドー・ディックスの絵画をモティーフに振付けた作品から、19世紀末のロンドンの殺人鬼、切り裂きジャックとルルのパ・ド・ドゥをとりだしたもの。音楽はベルクのオペラ『ルル』を使用している。人間性の深奥に淀むコンプレックスと激しい欲望が交錯し、「キャーッ」という悲鳴で終わる。コルプのシャープな身のこなしと鋭い表現力が光った。

『ノートルダム・ド・パリ』よりエスメラルダとカジモドのパ・ド・ドゥ(モーリス・ジャール曲)はタマラ・ロホとリエンツ・チャン。身体の歪んだ動きがそのまま心の中を透かしてみせる、こういうシーンを創らせたらまさにプティの独擅場だ。愛する人を殺した犯人に仕立てられたエスメラルダの絶望的な孤独と、彼女を決死の覚悟で救い出したノートルダム寺院の鐘つき男カジモドのあまりにも儚い恋心が、不思議な美しさを醸す秀逸なシーンである。過日、ジャールの死が伝えられその感慨も蘇ってきた。

『マ・パヴロワ』より「ジムノペディ」(エリック・サティ曲)を草刈民代とリエンツ・チャンが踊った。「マ・パヴロワ」はプティ流のアンナ・パヴロワへのオマージュ。白いチュチュの女性ダンサーと黒いパンツの男性ダンサーが、サティの曲の乗せて洒落た動きを見せる。ユーモラスなセンスも忍ばせた瀟酒なダンスで、プティのエスプリの才を目で堪能した。

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そして最後はアーヴィング・バーリンの曲による『チーク・トゥ・チーク』。草刈民代とルイジ・ボニーノが椅子とテーブルを使って楽しい男と女のダンスを見せる。演技と動きと音楽と衣裳がひとつになってじつに楽しいうきうきとした雰囲気を創る。オリジナル・キャストのボニーノとリラックスして魅力的な草刈の素敵なダンスだった。
引退公演とはいえ5曲も踊った草刈には「ご苦労様でした」と言いたい。まだ、今日ほどは環境の整っていないバレエ界で踊り続け、クラシック・バレエの普及に尽くした功績は大きいと思う。

そのほかに、『マ・パヴロワ』よりタイスのパ・ド・ドゥ(ジュール・マスネ曲)をタマラ・ロホとリエンツ・チャン、『白鳥の湖』1幕2場より、男性のソロ/パ・ド・ドゥ(ピョ-トル・チャイコフスキー曲)を草刈民代とマッシモ・ムッル、『ダンシング・チャップリン』より「ティナを探して」「小さなバレリーナ」(チャールス・チャップリン曲)をルイジ・ボニーノ、『プルーストあるいは心情の間欠』よりモレルとサン=ルー侯爵のパ・ド・ドゥ(ガブリエル・フォーレ曲)をマッシモ・ムッルとイーゴリ・コルプが踊った。
(2009年4月23日 Bunkamura オーチャードホール)

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