ワールドレポート ~世界のダンス最前線~

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関口 紘一 text by Koichi Sekiguchi 
[2009.02.10]
 最近は、季節のうつろいの様相がだんだんと変わりつつあるように思います。今年は未だ雪は積もっていませんし、今もこの時期には暖かい雨が降り続 いています。寒さが厳しくなり雪が積もったり、木枯らしが吹き荒れるのは、歓迎すべからざることではあります。しかし、その季節を代表するようなお天気の イベントが、花粉が舞ったりウィルスが蔓延することだったりすると、物足りない上にただただ厭世的になって、襲撃を避ける日本人集団でしかないような気に なります。一年のサイクルの何処にいるのか意識しながら、春を待ち、夏を望み、秋を楽しみにするように生きていたいのですが・・・・ジジむさいっすか ね・・・。

新国立劇場バレエ団のアシュトン版『シンデレラ』

 昨年末、新国立劇場バレエ団がプロコフィエフ音楽、フレデリック・アシュトン振付の『シンデレラ』を、故マイケル・サムス夫人のウエンディ・エリス・サムス監修・演出で再演した。(初演は1999年)
アシュトン自身とロバート・ヘルプマンが義理の姉たちを踊ったことで良く知られるこのヴァージョンは1948年初演。男性が女性を演じる英国のパントマ イムの伝統を受けて創られた、アシュトンとヘルプマンの名演技が後世でもしばしば語り継がれるような大成功を収めた。
その影響によるのかも知れないが、プロコフィエフの特徴的な音楽が悪女たちの痛烈なパロディとして踊られることが多い。ところが『シンデレラ』の物語 は、クリスマスに上演される習慣があることからも分かるように、純真な少女(クララよりはちょっと年上だが)の憧れが夢の中で実現するミラクル・ファンタ ジィである。パロディが観客に受けるための『ラ・フィーユ・マル・ガルデ』や『ドン・キホーテ』のような、愛と打算の行き違い、といった喜劇的な背景はな く、ロマンティックなお話が本筋となっている。
そのために、アシュトン&ヘルプマンといった名優が演じ、「英国演劇の伝統」がないところでは、悪女たちの誇張した演技はどうしても浮いてしまい、単なる悪ふざけに見えてしまう。『シンデレラ』はそういう難しさのあるバレエだと、私には思える。

 シンデレラを踊ったラリーサ・レジニナが怪我をしてしまったため、第2幕のパ・ド・ドゥからさいとう美帆が代わり、パートナーの王子役ヨハン・コポーもヴェリエーションを踊った後、マイレン・トレウバエフに代わった。
急遽の交代だったが、さいとうもトレウバエフも落ち着いて踊ったので、観客から大きな拍手を受け、ちょっと得をした気分になったかも知れない。
ラストシーンでは、清らかな心を持った王子とシンデレラが結ばれ、天の高み、星の世界に昇天していく、かのようなロマンティックで美しいエンディングだった。
仙女を踊った川村真樹、四季の妖精を踊った小野絢子、西川貴子、遠藤睦子、寺島ひろみ、道化の八幡顕光などのフレッシュなダンサー陣が活躍していて、日本のバレエの将来のために頼もしく思った。
(2008年12月20日 新国立劇場 オペラ劇場)

 寺島まゆみのシンデレラと貝川鐵夫の王子は、なかなか品の良いパートナーシップをみせた。少し大人しすぎるのではないか、と思われるくらいだが、 義理の姉たちの大騒ぎとのコントラストを考えると、上手く演じたと思われる。貝川はプロポーションも良いし、もう少し大胆にスピーディな表現を使ってもい いかも知れないとも思った。
義理の姉たちは、保坂アントン慶と堀登が頑張っていた。仙女は本島美和、四季の妖精は、伊藤友季子が加わって西川、遠藤、寺島ひろみ。道化はグリゴリー・バリノフというキャスティングだった。
パロディとロマンティックなファンタジィという二元的な流れが少々、気にかかったが、ミラクルのミステリアスな雰囲気は良く出ていたと思う。
(2008年12月26日 新国立劇場 オペラ劇場)