ワールドレポート ~世界のダンス最前線~

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関口 紘一 text by Koichi Sekiguchi 
[2008.08.11]
比較的長くバレエ、ダンスの周辺で仕事をしてきたが、最近は舞台の楽しみ方、ダンサーの意識などが変化してきたことが感じられる。かつては、クラ シックを踊るダンサーが本格的なコンテンポラリー・ダンスを踊ることは少なかった。しかし今日では、クラシック・バレエの全幕を主演したダンサーが、ほと んど日をおかずしてコンテンポラリー・ダンスを踊る。身体は大丈夫なのか、と心配になるが、バレエ学校時代からそのような環境に対応できる教育を受けてい る。そうしていかないと、ダンサーとしてやっていけなくなっている、という。しかし観客としては、クラシック・バレエだけを踊って、身体に一分の狂いのな いバレエダンサーが世界的に滅亡してしまうのではないか、と危機感に囚われてしまう。今後も、クラシック・バレエの美しさ、だけは見失わないように心して 行きたい。

アメリカン・バレエ・シアターの「オールスター・ガラ」

2005年以来、3年ぶりにアメリカン・バレエ・シアター(ABT)が来日公演を行った。今回の公演では、日本初演となるトワイラ・サープの新作『ラビット・アンド・ローグ』と、芸術監督のケヴィン・マッケンジー版『白鳥の湖』の東京初演が、まずは注目を集めるところ。
「オールスター・ガラ」は、サープの新作を含む二つのプログラムが組まれた。

 開幕は、ナタリーリヤ・マカロワ版の『ラ・バヤデール』第1幕3場、ガムザッティとソロル婚約の祝典シーン。
マカロワは1980年に、ロシアでは省略されることが多くなった第4幕(プティパ版)の寺院崩壊のシーンを復活させ、西側で初めて『ラ・バヤデール』の 全幕をABTに振付け上演した。マカロワは、この婚約の祝典シーンで上演されてきた、扇やオームや壺や太鼓などのキャラクター・ダンスはカットし、パ・ダ クションを構成している。つまりABTにとっては、このパ・ダクションは、レパートリー中でもカンパニーの歴史と特徴を示すものであり、ガラ公演のプロブ ラムの冒頭を飾るのにふさわしい演し物なのである。
ソロルは、パリ・オペラ座バレエ学校出身のでデイヴィッド・ホールバーグが細身の身体に、悔恨の情を醸して踊った。ガムザッティのミシェル・ワイルズはこの役が持ち役らしく、堂々と開幕を踊った。

『マノン』第1幕のパ・ド・ドゥは、ジュリー・ケントとマルセル・ゴメスが踊った。
ジュリー・ケントは、1987年にハーバート・ロス監督の映画『ダンサー』でバリシニコフと共演しスクリーンデビューも果たしている。古い上に個人的な ことでまことに恐縮だが、この年、東京国際映画祭に『ダンサー』が出品され、ケントが来日。私はインタビューに押っ取り刀で駆けつけた。

 ケント、当時は19歳。水も滴る、という喩えの通り、清楚だが華やかさも併せ持つじつに繊細な美しさが際立ってまぶしかった。私はカトリーヌ・ド ヌーブを彷彿させる、と主張したがほかの部員がそうは思わない、といって譲らず、結局「メリル・ストリープを思わせる美貌」という表現に落ち着いた。ケン トの舞台を観て、当時の意味なき胸のときめきを思い出した・・・・すみません、閑話休題。
ケントはその後、ABTやガラ公演などでしばしば来日しているが、初対面の印象が鮮烈だったためか、私には鳴かず飛ばずに感じられ印象的な舞台は無かっ た。ところが、今回マノンを踊ったケントは、匂うように輝きじつに素晴らしかった。やわらかな雰囲気のある踊りで、マノンの心に潜んでいるイノセントな純 真さをさり気なく表現している。ケントの容姿と表現の質が見事に一致して、素敵なダンスシーンを描いた。
もちろん、ブノア賞を受賞したばかりのパートナーのマルセル・ゴメスが、安定した内面的な表現をみせたことが、ケントをいっそう輝かした、とも思う。
しかし私にとっては、20年ぶりに、ジュリー・ケントという女性の美しさを改めて感じた日であった。

『白 鳥の湖』第2幕のグラン・アダージオは、キエフ出身のイリーナ・ドヴォロベンコとマキシム・ベロセルコフスキー夫妻。ともにプリンシパルダンサーとして活 躍している。コール・ドを従えて、この名作の踊りのクライマックスを鮮やかに見せた。ジークフリート王子のダークグリーンの衣裳が印象に残る。

『シナトラ組曲』は、トワイラ・サープ振付けの『ナイン・シナトラソングス』を5曲に構成したもの。『ナイン・シナトラソングス』は、日本では NBAバレエ団が昨年6月に上演している。7組のカップルのダンスをテンポ良くスピーディに組み合わせ、様々のヴァリエーションを描いてみせる、サープ振 付の教本のような舞台。
『シナトラ組曲』は、バリシニコフがエレイン・クドウと踊って大ヒット。日本でも1986年にバリシニコフ&カンパニーとして来日した際に踊った。
この舞台を観て漫画家の萩尾望都さんは、「地球上で最も美しい人間のかたちと動きの結晶」と評している。
コール・ドのルチアーナ・パリスと、プリンシパルのマルセロ・ゴメスが踊った。ゴメスのシャープな動きも見事たが、甘さという点ではやはり少々物足りなかった。

『ドン・キホーテ』第3幕のグラン・パ・ド・ドゥは、ニーナ・アナニアシヴィリとホセ・マヌエル・カレーニョ。これはもう、<ニーナのフェッテ>を 観るための演し物といっても過言ではない。ボリショイ・バレエ時代の若さ溢れるニーナの鮮烈なフェッテに、優るとも劣らない大きなラインが観客を圧倒。喝 采の内に第1部の幕が下りた。

 トワイラ・サープの新作『ラビット・アンド・ローグ』は、今年6月にメトロポリタン歌劇場で世界初演されたばかりで、音楽は映画音楽の作曲家ダニー・エルフマン、衣裳は今日のニュ-ヨーク・ファッションを代表するノーマ・カマリ。
イーサン・スティーフェルのローグ(ならず者)とエルマン・コルネホのラビット(紳士)の掛け合いに、マーフィーとホールバーグのラグ・カップル、パロ マ・ヘレーラとゲンナジー・サヴェリエフのガムラン・カップル、さらに加治屋百合子ほかのソリストが踊るカルテットにアンサブルが目まぐるしく絡む。
序曲から「浮かれ騒ぎ」「ラグ」「リリック」「ガムラン」「フィナーレ」というシーン構成だが、黒と白のモノトーンの衣裳とスポットを多用した千変する 照明、華やかにリズムを刻む音楽に、時にコミカルで軽妙多彩な振付がノンストップでムーヴメントの壮大なパノラマを繰り広げる。サープならではの洒脱で爽 快なダンスのページェントである。
スティーフェルがスピーディな動きの中にキャラクター的な演技を試み、コルネホはむしろ動きに徹して軽さを感じさせ、主演二人の絶妙なバランスがこの舞台の成功の大きな要因だろう。(2008年7月17日)

 翌日の「オールスター・ガラ」では、ドヴォロヴェンコとベロセルコフスキーが『眠れる森の美女』第3幕のグラン・パ・ド・ドゥを踊った。恐らく体 調のためと思われるが、ヴァリエーションはカットされた。舞台指導はマッケンジーやカークランドとプログラムに記されていたが、現在、バレエマスターを務 めているかつてのキーロフ・バレエの大スター、イリーナ・コルパコワの得意としたオーロラのイメージが微かに感じられる、繊細で素敵な舞台だった。

 ジュリー・ケントはカレーニョと英国ロイヤル・バレエのプリンシパルだったロナルド・ハインド振付の『メリー・ウィドウ』第3幕のパ・ド・ドゥ。 美しいワルツの調べにのって、ケントのフェミニンな魅力が観客を魅了した。さらにカレーニョは、シオマラ・レイエスとキューバ出身のプリンシパル同士で パートナーを組み、『海賊』第2幕のパ・ド・ドゥを見事に踊った。そしてニーナの『瀕死の白鳥』。ニーナの白鳥は、まだ死が訪れる前に急にの息絶えるよう に見える。そこに命の尊さを際立たせようという意図があるのだろうか。(2008年7月18日)