ワールドレポート ~世界のダンス最前線~

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関口 紘一 text by Koichi Sekiguchi 
[2008.08.11]

チャイコフスキーを踊ったラ・ラ・ラヒューマン・ステップス『アムジャッド』

 超高速ダンスの創り手、エドワルド・ロック率いるラ・ラ・ラ・ヒューマン・ステップスが、クラシック・バレエの象徴ともいうべきポワントワークを積極的に採りいれて、新作を次々と発表していることは良く知られている。
2007年の新作は『アムジャッド』。<アムジャッド>とは、モロッコ語の人名で男性でも女性でもあり得るファーストネームで、意味としては<完璧>を表す、という。前作の『アメリア』に続いて名前をタイトルとしている。
『アムジャッド』では、チャイコフスキーの『白鳥の湖』と『眠れる森の美女』をモティーフとしてダンスが踊られる。ロックは、大学でロマン主義文学を専攻 したそうだが、彼によるとチャイコフスキーの代表的バレエは、厳格なモラルが支配していたロマン主義の時代の表象の対極をなすもの----「東洋」のイ メージだという。
音楽はチャイコフスキーの曲をベースに電子音を加えた生演奏。演奏者も舞台に登場する。黒鳥のパ・ド・ドゥのメロディが流れると、一人の男性ダンサーに二人の女性ダンサーが絡む、というふうに、バレエのモティーフをロックの振りによって踊り、コラージュしていく。
ダンサーは厳しくシェイプアップされ、研ぎ澄まされた身体はエロティックな香りすら放っている。ポワントは鋭くフロアを切り裂くかのよう。当然のように男性ダンサーもポワントを着け、性差にまったく無頓着にコンテンポラリー・ダンスの美を厳密に追求している。
「ポアントは空想の身体と現実の身体を切り離す」と、ロックはいう。現実の身体は舞台上でグラフィックなイメージを描くが、ポアントを着けてフルスピードで動くと、逆に身体を見えなくするからである。
ロマンティック・バレエの時代に、空気のように宙を舞うものとして開発されたポアントは、<身体を自然に延長するもの>としてコンテンポラリー・ダンス のスピードを加速する強力な表現手段となった。ある時代の共同幻想として創られ、時とともに育まれたクラシック・バレエには、思いもよらない可能性が秘め られている、ということなのであろうか。
(2008年7月5日、彩の国さいたま芸術劇場 大ホール)