ワールドレポート ~世界のダンス最前線~

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佐々木 三重子 text by Mieko Sasaki 
[2008.03.10]

〈マラーホフの贈り物〉

〈マラーホフの贈り物〉
「牧神の午後」マラーホフ
  膝の手術のため、昨秋の来演を見送ったウラジーミル・マラーホフが、自らプロデュースするガラ公演〈マラーホフの贈り物〉で日本の舞台に復帰した。〈贈 り物〉も今回で6回目。演目は一部変更されたが、マラーホフによる、ニジンスキーとロビンズがそれぞれ振付けた『牧神の午後』の踊り分けをメインに、座長 と選りすぐりの男女計4組による華麗な技と個性が堪能できるよう組まれていた。Aプロの初日とBプロの最終日を観た。

 両プロとも幕開けは『牧神の午後』。Aプロはニジンスキー版で、東京バレエ団が共演した。半獣の牧神を演じたマラーホフは、要求される横向きを 保ったままの動きを卒なくこなしていたが、かかとを高く上げて屹立する姿は、全身をアンテナのようにして感覚を研ぎ澄ませている様をリアルに伝えていた。 ニンフに惹かれた時の耳をそばだてるような反応、逃すまいとする目線の鋭さ、去られた後の虚ろさ、その心と体をニンフのスカーフで慰撫するまで、マラーホ フは牧神の欲望と本能を細やかに織り込んでみせた。井脇幸江のニンフ役はすっかり板についたようで、牧神とのほのかな交流を、一瞬、匂い立たせた。

「アレス・ワルツ」セミオノワ
  Bプロのロビンズ版『牧神の午後』は、マラーホフが率いるベルリン国立バレエ団のプリンシパル、ポリーナ・セミオノワとの共演。こちらは、リハーサル室 で踊る現代の男女のダンサーを描写したもの。仰向けに寝そべっていた男性ダンサーが踊り始めると、女性ダンサーが現れて共に踊るが、男が女の頬にキスする と、女は去り、男がうつ伏せに寝そべるところで終る。男の幻想だったのか、実際の出来事か、余韻を残す幕切れである。ユニークなのは、客席側に鏡があると いう設定だ。だから二人は客席の方を見ながらポーズを取りステップを踏む。二人とも鏡に映る自分の姿しか目に入らないようだが、その眼差しに自己陶酔的な ものはあまり感じられず、相手への意識はいかにも希薄にみえた。マラーホフの、大きく目を見開いて鏡の中の自分と対話し、自己に没入する様が秀逸だった。 セミオノワが超然と踊る姿も、夢幻性を高めていた。爽やかなブルーの背景にスタジオの白い幕の壁というコントラストも手伝い、詩情あふれる舞台になってい た。  二人はほかに、Aプロで『白鳥の湖』第2幕、Bプロでバランシンの『バレエ・インペリアル』を東京バレエと共演した。均整のとれた身体を持つセミオノワ には、後者の威厳を備えた華麗な舞いのほうが合っていたようで、マラーホフも後者で繊細な足さばきを披露した。また後者でソリストを務めた田中結子の端正 な踊りも印象に残った。

 マラーホフの新たな秘蔵っ子、ヤーナ・サレンコ(ベルリン国立バレエ団)と、ズデネク・コンヴァリーナ(ナショナル・バレエ・オブ・カナダ) は、洗練された華麗な技で魅了した。サレンコは脚が細く華奢に見えたが、強靭なテクニックの持ち主だ。『エスメラルダ』(A)では可憐さを漂わせて、『グ ラン・パ・クラシック』(B)と『ドン・キホーテ』(A、B)では典雅に舞った。片足バランスの連続をものともせず、長く保ってみせもする。軽やかに脚を 振り上げ、フェッテでは変化をつけた回転技で楽しませた。コンヴァリーナは宙に飛び出すようなスピード感あふれるマネージュや爽快なピルエットを披露し た。

 ボリショイ・バレエ団のマリーヤ・アレクサンドロワとセルゲイ・フィーリンは、“黒鳥のパ・ド・ドゥ”(A)や現代作品でドラマティックな演技に強みをみせた。
アルベルト・アロンソの『カルメン』(A)では、アレクサンドロワが力強いつま先と魅惑的な脚の演技でホセの心をからめとり、フィーリンはシャープな身 のこなしで突き動かされる心を伝えた。エイフマンの『ハムレット』(B)は、エカテリーナ二世と、その息子で、母が恋人と共謀して夫である皇帝を暗殺する のを目撃したパーヴェル一世の確執がテーマ。権力を誇示するように腕や脚を振り回すアレクサンドロワと、身もだえしながら母にすがり拒否されるフィーリン の対比と共に、それぞれの苦悩が浮き彫りにされた。ユーリー・ポソホフが振付けたという『シンデレラ』(B)は、頭と頭を突き合わせて床に横たわった王子 とシンデレラが、キスしたまま床を転がるところで終るという驚きの演出だった。

「カルメン」
アレクサンドロワ&フィーリン
「白鳥の湖」
マラーホフ&セミオノワ
「牧神の午後」
マラーホフ&セミオノワ

古典バレエの正統派と評価の高いアメリカン・バレエ・シアターのイリーナ・ドヴォロヴェンコとマクシム・ベロツェルコフスキーは、何といっても『アポ ロ』(B)での格調高い演技が見応えあった。ジェシカ・ラングの『スプレンディッド・アイソレーション』(A)は、作曲家マーラーと夫のために作曲を諦め た妻アルマに創意を得た作品で、女のスカートが二人の関係を象徴するように効果的に用いられている。彼らの愛の深まりを、実生活でも夫婦のダンサーが、滑 らかに連なる動きに抒情を漂わせて、濃密に歌い上げた。
両プロの最後を飾ったのは、ロナルド・ザコヴィッチがマラーホフのために振り付けたソロ作品『ラ・ヴィータ・ヌォーヴァ』。マラーホフが、痙攣するよう に体を動かし、床を転がったりした後、黒っぽい長袖シャツと長ズボンを脱ぎ捨てて白の半袖と短パンになると、動きもより躍動的になった。新たな生の手応え を確かめ模索するような様に、負傷を経て新たな舞台人生を踏み出したダンサーの姿が重なった。(Aプロ=2月9日、ゆうぽうとホール;Bプロ=2月22 日、東京国際フォーラム・ホールC)

「白鳥の湖」
ドヴォロヴェンコ&ベロツェルコフスキー
「ラ・ヴィータ・ヌォヴァ」
マラーホフ