ワールドレポート ~世界のダンス最前線~

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関口 紘一 text by Koichi Sekiguchi 
[2007.08.10]

K バレエ カンパニーの熊川版『ドン・キホーテ』

グルジア版『ドン・キホーテ』は、どちらかというと、ストーリーをやや背景へ退け、ダンスを楽しむことを全面に出す大人の成熟した感覚の演出であった。 一方、熊川版はストーリーの展開に細心の注意を払って、演出・演技にも大いに工夫を凝らし観客へのアピールを追求するという、若々しさの漲るヴァージョン であった。
キューピットが騎士ドン・キホーテのハートを射抜くプロローグや、キトリとバジルが駆け落ちする際にはバッグやショールを手にするなど、観客に明確な理解を促すアクションを見せる。
駆け落ちした次の幕が開く前に、侘しげな夜の虫の声を聞かせ、仲間と離れた二人の寂しい気持ちを表す。幻想に狂って風車に飛び込むドン・キホーテの追い つめられていく心理を、順を追ってきちんと描く。そしてその際の彼の心理の乱れが、森の妖精たちの中でドルシネア姫とキトリが重なって見えてくることにも 繋がっている。
そして最も感心したのは、風車の印象を照明によって大きく変化させ、ドン・キホーテの心に映る現実と幻想の両方の象徴として使っていることである。演出 家は、ドン・キホーテの幻想は、森の中で偶然に起った訳ではなく、彼の心の中の現実に起った出来事、として捉えている。卓越した演出のアイディアだと思っ た。
まず、康村和恵のキトリと、怪我をしてしまった橋本直樹に代わって踊った清水健太のバジルを観ることができた。
康村のキトリはじつに安定した踊りで、迷いの無いすっきりとしたラインを描き、ステップも軽やかだった。清水のバジルは、康村の安定感に支えられた面も あると思うが、張り切って溌剌とした爽やかな踊りだった。"怪我の功名"といっては失礼かもしれないが、K バレエ カンパニーは次々と優れた男性ダンサーがデビューしており、他のカンパニーが羨むメンバーとなりつつあるのではないだろうか。
ベルリン国立バレエ団エトワールの中村祥子が、ゲスト出演してメルセデスと妖精の女王を踊った。メルセデスではさすがに美しい足捌きをみせ、そこはかとないセクシーな雰囲気を醸して観客を魅了していた。
康村と中村のふたりの長身女性ダンサーの絢爛の踊りが、この『ドン・キホーテ』の舞台をいっそう艶やかなものとしていた。また、エスパーダを踊った宮尾俊太郎も長身を活かした見応えのある踊りだった。
そして今回の熊川版『ドン・キホーテ』の最大の見所は、やはり、サー・アンソニー・ダウエルが、ガマーシュを踊ったことだろう。熊川版では、ガマー シュ、サンチョ・パンサ、ドン・キホーテなどの脇役たちに自在に演技させ、見せ場もこしらえコミカルな楽しさが創られている。
ドン・キホーテはドルシネアを追い求める象徴性のある役だが、ガマーシュとサンチョ・パンサは、人間の中に備わっているどうしようもないひとつの側面を 拡大強調して、独特の面白い人物像として造型している。サンチョ・パンサを演じたピエトロ・ペリッチアもノリノリで良かったが、ダウエルのガマーシュには 感心させられた。登場した時は、演技のリズムがよくわからずはらはらしたが、シーンを追っていくに従って、じわりと味が出てくる。舞台上に居る時は必ず何 か演技をしており、主役のダンスを観ているとダウエルの芝居を見逃してしまう。たびたび、もったいないな、と思わされた。
初演のサイモン・ライスのガマーシュも素敵だったが、サー・アンソニー・ダウエルは、独特の間と細やかに動く指先の演技で<ガマーシュの時間>を巧みに 描いて堪能させてくれた。それでもまだ、「サー」の称号に気兼ねしているような気がしないでもない。ダウエルの演技プラン自体はもっと大胆だったのではな いか、などと妄想を浮かべてしまった。
(7月19日、新国立劇場 オペラ劇場)


 松岡梨絵の初役キトリへの挑戦も観ることができた。バジルは輪島拓也で、メルセデスが長田佳世、エスパーダは杜海(Du Hai)だった。
初演の際、松岡が踊ったメルセデスに強い印象を受けていたので、彼女のキトリはじつに新鮮に感じられた。溌剌とした踊りとはっきりとした演技で、キトリ は近い将来、彼女の当たり役になるのではないだろうか。ただ、コミカルな演技ということでは、バジルの輪島に一歩譲ったかもしれない。意外といっては失礼 だが、輪島はコミカルな動きが上手い。状況に応じたバジルの気持ちをオーバーに表現してみせて、観客の笑いを誘っていた。
長田のメルセデスは堂々として大きな踊りで、舞台の隅々にまでリズムを行き渡らせて見事に踊っていた。杜海のエスパーダも踊りは見応えがあったが、演技 はもっと思い切ってキザでもいいかもしれない。ガマーシュに対抗するくらいの芝居を期待したい。
(7月21日、新国立劇場 オペラ劇場)